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サーチナニュース 2016-05-30 10:49
http://news.searchina.net/id/1610871?page=1
日本はどうして「中国へのけん制」という言葉を好むの? =中国メディア
日本と中国の関係を巡って、交流や友好に関する内容よりも相手を脅威とみなす論調が両国メディアにおいて目立つのは、なおも変わっていない印象を受ける。
中国メディア・環球網は27日、日本のメディアにおいて「中国へのけん制」がホットな頻出ワードになっているとする評論記事を掲載した。
記事は、日本のメディアにおいて「中国へのけん制」が頻出ワードになっており、この言葉の持つ「ニュース価値」が近年急上昇したと紹介。
他にも「中国崩壊」など中国に対するネガティブな言葉が日本のメディアにおいて好んで使われていると伝えた。
そのうえで、中国のシンクタンクである日本企業研究院の陳言・執行院長が
「中国へのけん制」という言葉が集中的に出現したのは、安倍晋三首相が就任して以降、ここ4、5年の事であると解説したとしている。
また、日本の指導者は
「中国が領海問題の現状を武力で変えようとしているため、
中国をけん制する必要がある」
と堅く信じているほか、東南アジアのインフラ開発プロジェクト、さらには
「中国とは関係のないオーストラリアへの潜水艦売り込み問題」
においても
日本メディアがはっきりと「目的は中国へのけん制」と論じている
と解説した。
また、中国社会科学院日本研究所の学者が
「日本の世論には『中国へのけん制』という理念に対して疑念や批判を示すものもあるが、
総じて中国への警戒や敵視が主流となっている」
と説明するとともに、世論やオピニオンリーダーが政府の意向や民衆に阿って中国を貶める言論を続ければ、一般市民の中国に対する偏見や嫌悪感がさらに深まり、日中関係の改善、さらに長期的には日本の国益にも悪影響を及ぼすことになると論じたことを紹介している。
中国が急速な成長に伴い、地域や世界における存在感を増したことで、日本は中国に対する態度や位置づけを再考する必要に迫られている。
かつての認識が通用しなくなりつつあるなか、その焦りが一部で中国に対して恐怖感を煽り立てる風潮につながっているとも言える。
一方、安倍政権に嫌悪感を示す傾向のある中国でも、日本を脅威としてあおる言論が根強く存在する。
どちらが先、どちらの一方的な責任、と押し付けることなく、新たな時代における両国の距離感や立ち位置を互いに模索していく必要があるだろう。
』
朝日新聞デジタル 5月29日(日)20時24分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160529-00000049-asahi-int
ベトナム、
海自艦へ異例の厚遇 2度目の寄港、
中国牽制
海上自衛隊の掃海母艦「うらが」と掃海艇「たかしま」が29日、ベトナム中南部カムラン湾に寄港した。
同湾はベトナムの最重要軍事拠点。
政府は外国船の入港を厳しく制限してきたが、海自艦の寄港は今年2度目。
異例の厚遇で日本への信頼を示し、中国と領有権を争う南シナ海問題で連携を図る狙いだ。
2隻はバーレーンでの国際掃海訓練に参加後、補給のために寄港した。
同湾は中国とベトナム、フィリピンなどが領有権を争う南シナ海の南沙諸島や西沙諸島に近い。
冷戦時代は旧ソ連軍が使用した。
ベトナムは同湾に今年3月、国際港を開港。
日本やシンガポールなどの友好国を招き、間接的に中国を牽制(けんせい)している。
4月には日本の艦船として戦後初めて、海自護衛艦「ありあけ」と「せとぎり」が寄港した。
ベトナムのグエン・スアン・フック首相は28日、東京で安倍晋三首相と会談。
日本からの巡視船提供など、南シナ海問題で協力することを確認した。
』
『
Wedge 5月31日(火) 8時20分配信 西本紫乃 (北海道大学公共政策大学院専任講師)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160531-00010000-wedge-cn
習近平の意向がすべて 八方ふさがりの中国外交
5月27日、オバマ大統領が広島を訪問した。
個人的なことを少し申し上げるなら、祖父母から原爆の話を聞いて育った私は、すでに他界した被爆者の親族を想いつつオバマ大統領のメッセージに胸が熱くなった。
私と同じような思いを抱いた人もたくさんいるだろう。
オバマ大統領の訪問について広島ではほとんどの人が「謝罪を求めない」
のは、原爆を直接体験した人が少なくなっていることも一つの要因だろう。
今を生きている私たちにとって、オバマ大統領の広島訪問を機に、世界で反核の機運が高まることへの期待の方がはるかに大きい。
原爆投下から71年後のオバマ大統領の広島訪問、それは原爆をめぐる
「具体的な戦争の記憶とそれに対する謝罪」を求める声が
「抽象的な平和という理念の追求」に転換した歴史的瞬間
であった。
★.「具体的な記憶」は特定の集団内で共有されるストーリーで「主観的に語られるもの」であるが、
★.「抽象的な理念」は世界中の誰もが受入れることが出来る「普遍的な価値」
である。
ぜひ日本政府には今回のオバマ大統領の広島訪問を弾みとして、「核兵器のない世界」と平和に向けた積極的な行動を期待したい。
■中国では事実が歪められて報道
「核兵器のない世界」と平和を歓迎する広島の民意について、残念ながら中国では事実が歪められて伝えられた。
新華社や人民日報は、訪問を反対するグループの街頭活動やインタビューがことさら大きく伝え、オバマ大統領の広島訪問を日本国民があたかも歓迎していないかのような報道ぶりだった。
27日、王毅外相も記者からの質問に対して
「広島も重視すべきだが、南京も忘れてはならない。
被害者は同情に値するが、加害者は永遠に自らが背負う責任から免れることは出来ない」
と答え、オバマ大統領の広島訪問が評価されることに釘を刺した。
「普遍的な価値」に理解を示すのではなく、南京事件という「具体的な記憶」を改めて持ち出したのだった。
いわば自国の「主観的な語り」を貫こうとしている。
「南京も……」と語った王毅外相の発言は、特に準備されたものというよりは地方政府のグローバル化推進のイベントの場で記者の質問にその場で答えたものだ。
なので、そこだけを大きく取り立てるのも、バランスを欠いてしまうかもしれないが、
紋切り型の歴史認識問題を持ち出して言い捨てるかのように日本を牽制せざるを得ない、
中国の外交の当事者らの手詰まり感がにじんでいる
ようにも感じられる。
王毅外相だけでなく、最近の中国の外交の当事者やメディアの報道では、
外交に関する話題でこれまでになくバッサリと相手を切って捨てるかのような表現が増えている。
■英国首相も台湾総統も切って捨てる
今回の伊勢志摩サミットについていえば、南シナ海問題が議題に上ったことについて、27日、外交部の華春えい報道官は「G7は自分たちのことだけ話し合えばよく、よその国のことに口出ししたり手出しすべきでない」と発言。
また、英国のキャメロン首相が南シナ海問題について
「ホワイトハウスは北京にやりたいようにやらせすぎた」
と発言したことについて、『環球時報』は
「自分たちがいまだに日の沈まない帝国だと思っている英国のキャメロン首相の思い上がりも甚だしい」
と舌鋒鋭くキャメロン首相を批判する論評を出した。
キャメロン首相個人を批判するなら
「パナマ文書の一件で国民からの批判にさらされているから、中国に対して攻撃的に出るのだ」
とでも言いたいところだろうが、パナマ文書の「パ」の字も触れてはいけないほどの今の中国ではさすがにNGだ。
最近の中国の国際関係についての「切って捨てる型」の厳しい言いぶりは、G7やオバマ大統領の広島訪問だけにとどまらない。
5月20日の台湾での蔡英文が総統に就任したが、それについて『国際先駆導報』が、蔡英文総統の家族は台湾の植民地時代から日本とのつながりが深いので、抗日の意識の台湾の人にとって受け入れられないとか、独身で子供もいないので政治スタイルは感情が入りやすいだとか、甚だしく誤解と飛躍に満ちた書きぶりの論評を出している。
これほどまでに舌鋒鋭く他国に対する「切って捨てる型」の批判が、最近中国で増えているのには、
「中国外交の手詰まり感」と「国内メディアの硬直の表れ」
ではないだろうか。
■南シナ海問題では四面楚歌
特に南シナ海問題では、中国はまさに四面楚歌だ。
昨年10月に南シナ海の領有権についてフィリピンがオランダのハーグにある国際裁判所に仲裁を求めた件について、まもなく最終的な裁定が下される見通しで、大方の見方では裁定では中国にとって不利な裁定になるだろうといわれている。
ベトナムもまた米国との関係改善に動き出し、5月23日のオバマ大統領との会談後、ベトナムのクアン国家主席は「昨日の敵が今日の友になった」とベトナムと米国との関係強化を印象づけて中国を牽制した。
また、25日にラオスで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)の国防相会議でも、南シナ海問題を域内の問題とする共同宣言が採択された。
さらに今後、6月3日にはシンガポールでアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)も開かれる予定で、ここでも中国の南シナ海進出が焦点の一つになることは確実だ。
アジアだけでなく欧州でも、中国の鉄鋼の過剰分の海外での廉価販売の問題について、欧州を中心として中国に対する非難の声が高まっている。
国内経済ともリンクするだけに、これも中国にとっては舵取りが難しい問題だ。
■行政組織に蔓延する茶坊主
他方で、
中国国内の行政は腐敗の取り締まりによる綱紀引き締め、
習近平への権限集中と「頂層設計(トップレベル・デザイン)」といわれる習近平自身によるトップダウンでの政策決定によって、
行政組織の主体性が失われて
最小限のことだけやっておく公務員の不作為や
習近平の意向を忖度して過剰なパフォーマンスを行う権力への追従
が蔓延している。
メディアもしかりで、2月に習近平が中国中央電視台など主要メディアを視察した際に、各社が率先して党への服従を表明したことも記憶に新しい。
例えば、昨年10月には習近平は英国を訪問し関係が冷え込んできた米国に代わる「大国関係」を欧州先進国とのあいだに新たに築こうとした。
しかし、中国経済の先行きの不安から世界各国の中国に対する関心は急速に薄れてしまった。
今年1月には中国はいきなり「これからは中東だ」と中東各国との関係重視の方針を打ち出し、
習近平主席がサウジアラビア、エジプト、イランを訪問し、今後の対アラブ諸国政策の方針を示した公式文書を発表した。
中国で外交に関してこのような文書が発表されるのは異例だ。
習近平の外交は「これからは中東の時間が始まる」と高々と宣伝されたが、
それ以降、中国外交の「中東時間の時計」は止まってしまったかのようだ。
まさに「習近平の意向がすべて」な空気が中国の政治やメディアを支配している
といっていい。
強いリーダーの「主観的に語る」各国との関係のあり方によって、
中国の外交は振り回されている
かのようだ。
そして
リーダーがデザインする理想の自国像を忠実に描くため、
メディア各社は極端な自国肯定と他国否定を繰り広げている
のだ。
さて、周辺国や欧州先進国との関係がますます気まずくなってきている中国だが、アグレッシブな外交姿勢を見せた昨年、一昨年に比べると、今年はずいぶん静かだ。
2014年の春のシーズンには習近平主席はオランダ、フランス、ドイツを訪問しているし、2015年春にはカザフスタン、ベラルーシ、ロシアを訪問し、モスクワで第二次大戦の戦勝70周年記念パレードに参加している。
習近平主席はロシアから帰国した直後にはインドのモディ首相を中国に迎え、中印の結び付き強化を印象付けた。
また、昨年の同じ時期には、李克強首相も中南米を訪問し、ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)で演説を行い、これまで中国とのつながりが薄かった中南米地域に存在感を示した。
今年はどうかというと、3月に習近平主席がチェコを訪問し、その後ワシントンで開かれる核安全保障サミットに出席するために米国を訪れオバマ大統領と会談した。
この時の米中首脳会談は南シナ海問題などでの米中の意見対立をめぐりかつてないほど気まずい雰囲気の中で行われた。
各国の中国に対する不信感が高まるなか、今年の春はこれ以外に特に目立った外交活動は行っていない。
■習近平の関心は、外交<国内<党内
「習近平の意向がすべて」であるので、現状の打破も習近平主席の腹案次第だが、習近平主席自身は今、外交よりも国内のこと、それも党内のことにより関心が向いているのかもしれない。
中国は来年秋に5年に一度の党大会を控えている。
第19期の中央政治局委員の人選をめぐる人事の駆け引きは今年から水面下で始まり、様々な思惑が入り乱れる中で「政治」が展開していくことが予想される。
つまり、これから来年にかけて中国の政治の世界で外交は二の次になってしまう可能性が高い。
中国の外交の担当者や論客らが各国を「切って捨てる型」で批判するのは、自国の国際社会における立場の悪化とそれ対する打開策がない中で、それでも習近平主席の意向に沿った行動が求められているというジレンマからもたらされているのではないだろうか。
南シナ海について中国は「古来より中国の領海だった」と「主観的に語る」ことを続けている。
また、経済的なパワーを武器に昨年、一昨年は世界中に影響力を拡大しようとしてきた。
これもまた経済的な魅力があれば相手も自分の側につくという主観的な見方にもとづいて各国との関係構築を行ってきたわけだが、経済の雲行きが怪しくなってきた今、かつてほどの勢いは失われつつある。
「責任ある大国」を自らもって任ずるのが習近平政権の外交スタイルだが、
「責任」がなにかはリーダーの主観で決まる。
「力のあるリーダーのいうことがすべて」というのは中国国内の常識かもしれないが、
こうした価値観は世界の常識とは相いれない。
中国の現政権と国際社会との価値観のズレが中国の国際社会における立場をますます気まずいものにしている。
』
『
JB Press 2016.6.7(火) 川島 博之
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47010
エリザベス女王に嫌われてもどうでもいい中国の本心
周辺国は野蛮人、
大事なのは外交より内政
厳戒態勢の中で行われた伊勢志摩サミットは大きな混乱もなく無事に閉幕した。
G7=主要7か国の首脳会議は、世界の経済や平和について話し合う会議であり、第1回会合はG5として1975年にフランスのランブイエで開かれた。
その後、イタリアとカナダが加わってG7になり、1998年からはロシアが加わってG8となった。
ただ、ウクライナ問題が原因でロシアの参加は2014年から停止されている。
一度はロシアもメンバーになったくらいだ。
世界第2位のGDPを誇る中国にも十分に参加資格がある。
正式メンバーになりたい。
中国は心の底ではそう考えているはずである。
また、現在G7のメンバーだって世界経済について話し合うのであれば、中国を仲間に入れた方がよい。
そう思っているはずだ。
だが、それは今のところ表立った動きにはなっていない。
そして、習近平が主席になってから、中国を正式メンバーに加えようとする動きはどんどん弱くなっているように思える。
その最大の原因は南シナ海を巡る問題だろう。
今回の会合では南シナ海での中国の動きに対して国際法を順守するように苦言を呈したが、中国はこれに対して強く反発している。
これでは先進国会議の正式メンバーになるどころが、一時は招待されていたように、客人として迎えられることも難しいだろう。
■不思議なキャンペーン「中国の夢」
中国を見ているとその発想に古さを感じることが少なくない。
そして習近平政権になってから、その度合いは加速しているように思える。
その良い例が「中国の夢」と言う不思議なキャンペーンである。
「夢」が具体的に何を指すのか明らかにされていないが、清朝以来の屈辱の歴史を晴らして、世界に冠たる大国として振る舞うことを「夢」と称していることは確かなようだ。
南シナ海の環礁の埋め立てもその延長上にあると思ってよい。
だが、少し冷静に考えれば、その「夢」は帝国主義が跋扈した19世紀の発想であることは明らかである。
人やモノや情報が自由に行き来する21世紀に、領土拡張を目的に南の環礁を埋め立てて軍事基地を作るなどという発想は尋常ではない。
現代社会では、無人島を無理やり占領して軍事基地を作っても、得られるものはほんの僅かだ。
海底油田の領有を強調する向きもあるが、南シナ海から得られる石油や天然ガスは僅かなもの。
そして、原油価格が低迷する昨今、海底から石油を生産することは現実的ではない。
遠い将来を考えても、南シナ海を領有する経済的なメリットはほとんどないと言わざるを得ない。
経済的なメリットがないのに、中国はなぜこのように世界から嫌われる行動をとるのであろうか。
現に、多くの国が中国を嫌い始めている。
日本だけではない。
ベトナムやフィリピン、そして穏健な外交政策を推し進めていたオバマ大統領でさえも、南シナ海の環礁埋め立てに怒り、軍艦を派遣する事態にまで発展した。
中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を表明し、良好な関係が喧伝されていたイギリスも、エリザベス女王が先の習近平の訪問を非礼と酷評したように、中国を嫌い始めている。
中国の外交は世界中で失敗している。
■中国にとって周辺国は野蛮人
なぜ、このようなことになってしまったのであろうか。
その答えは中国の歴史にあると考える。
それはアヘン戦争以来の屈辱の歴史ではない。
東洋の大国として君臨してきた3000年の歴史である。
世界は中国とその周辺の小国から成り立つ──これが中国人の世界観だ。
周辺の国は小さくてかつ野蛮だ。
時に西域や北方の国が武力で中国を侵略することがあったが、そのような強国でさえ文化を持たない国として馬鹿にしてきた。
実際、西域や北方の軍事強国も、満州族が中国を乗っ取って清朝を樹立すると満州族自身が中国化してしまったように、文化の面では中国を尊敬してきた。
そんな歴史を持つ国である。
中国にとって外交とは周辺の野蛮人との交流を意味する。
だから、外交を重視していない。
現在、中国の外務大臣は王毅だが、彼は中国共産党では約200人いる中央委員の1人に過ぎない。
China7(政治局常務委員)どころか、18人いる“平(ひら)の政治局委員”でもない。
そのような軽量級の人物に外交を担当させている。
中国が外交を軽視している証拠である。
なお、王毅より序列が上の政治局委員は北京、上海、重慶の市長や広東省の書記を務めており、
日本でいえば都知事や大阪や京都の府知事、また北海道知事の方が外務大臣より序列がずっと上ということになる。
外交より内政が大事。
これが中国政治の現実である。
共産党が政権を担当しているからではない。
中国の歴史がそうさせている。
自国が世界で一番優れていると思い込んでいるから、他国の指図は受けない。
また、一度言い出したら改めることはない。
これは広大な国を治める上で考え出された知恵である。
中国の歴代王朝が周辺の国や民衆に妥協することはなかった。
論語にある“由らしむべし知らしむべからず”が中国の伝統である。
世界第2位の経済力を誇るようになった中国は対外関係についても、その伝統を踏襲するようになった。
そうであれば、エリザベス女王でなくとも、中国の外交使節に接する人びとが中国人をとても非礼な人びとだと思ってしまうのは仕方がないことであろう。
■「中国人」とは仲良くなれても
本稿は、なにも中国を非難しようと思って書いているわけでない。
筆者は何人もの中国人留学生を教えてきた。
その一部とは今も交流している。
中国人は世界の中で特に変わった人びとではない。
最近、JBpressで人気を集めている“中国人家族の日本訪問記”(「ここに来て伊勢丹ですか!中国人家族が京都で紛糾」jbpress.ismedia.jp/articles/-/46937 ほか)に見られるように、ごく普通の人たちである。
たしかに、ちょっとガサツで厚かましいところもあるけれど、微笑ましい家族愛に満ちた人びとだ。
だが、それが政府となると途端に強硬な態度を取る。
それに対して、日本だけでなく世界が辟易とし始めた。
世界は多様である。
現代の世界で、中国の皇帝だけが天帝の意を受けて即位したのだからその他の国は中国皇帝を敬いその意に沿うべきだ、などといった考えが通じるわけはない。
外交は妥協の産物である。
相手の言うことを聞くことは外交的敗北ではない。
この道理を理解しなければ、中国が国際社会で生きていくことは難しい。
GDPが世界第2位になったと言っても、1人当たりのGDPは8000ドルに過ぎず、いまだ中進国の域に留まる。
その段階で歴史意識に目覚めてしまい、“中国の夢”を語り始めたことは、その進路を不安定なものにしている。
中国では既にバブルの崩壊が始まっている。
筆者は急激な崩壊はないと考えるが、それでも投資に重点を置いた成長を続けられないことは明らかであろう。
今後、成長するにはサービス産業を充実させなければならないが、それには世界と交流し、また言論の自由を保障することが欠かせない。
そのような時期に、自分の論理だけを声高に叫んで南シナ海の問題を悪化させ、G7に入れてもらえないことは、中国の国益を大きく毀損している。
その行動が短期的な政治的理由ではなく歴史意識に基づいているだけに、中国がちょっとやそっとのことで対外姿勢を軟化させることはないだろう。
そうであれば、中国は永遠に主要国首脳会議のメンバーになれない。
そして国際的に孤立してしまえば、今以上の繁栄することも難しい。
中国は自ら日本の“嫌中派”が喜ぶような道を選択して、それを突き進み始めたようである。
』
『
東洋経済オンライン 2016年06月08日 美根 慶樹 :平和外交研究所代表
http://toyokeizai.net/articles/-/121676
中国・王毅外相の「強硬発言」は尋常ではない
権力中枢で深刻な緊張が続いている可能性
最近、王毅中国外相の強硬発言が際立って目立つようになってきた。
同氏は誰もが知る知日派であり、駐日大使も務めたことがある。1980年代の中葉、筆者が在中国日本大使館の政治部長であったときに王毅は日本課長であり、同氏が順調に昇進し、今や中国の外相として八面六臂の大活躍をしていることを、尊敬の念をもって見守ってきた。
しかし、その強硬な姿勢が日本に向けられているとなると、昔の思い出に浸るだけではすまなくなる。
■「日本はケチなソロバンをはじき、小細工をした」
新聞報道によると、中国外交部は去る4月のG7外相広島会合のころから対日批判を強めていた。
5月27日に終わったG7首脳会議については、
「日本は南シナ海問題を大げさに騒ぎ、緊張を宣伝している。
G7は世界経済を論議する場なのに、日本はそれを利用した。
徹底的に反対する」
と論評した。
日本経済新聞6月1日付によれば、中国はさらに
「日本はそれを利用し、ケチなソロバンをはじき、小細工をした」
とも述べており、同紙の中沢克二編集委員は
「まるで北朝鮮の宣伝放送なのかと見まごう口調」
と評している。
このような論評は国家間の儀礼を無視した無礼なものだ。
王毅外相は表には出ていなかったが、外交の責任者としてこうした論評を承認したのは間違いない。
王毅外相は4月30日、北京で開かれた日中外相会談でも会談の冒頭で「誠意があるなら歓迎する」と吐き捨てたという。
このような発言は外相同士の会談では異例であり、けんか腰とも言えるくらい挑発的だ。
G7首脳会議に際し、王毅外相はさらに行動を起こし、26日には北京で記者会見を開いてG20の意義を強調した。
「G20の100日前」という説明であったが、G7首脳会議にぶつけ、注意をそらす意図であったのはだれの目にも明らかだった。
この王毅外相の強硬姿勢は日本だけに向けられているわけではない。
王毅外相は、なぜこのような強硬発言を繰り返すのか。
その背景など、いくつか考えさせられる点がある。
第1に、日本だけに強い主張をしているのではないということは、今一度確認しておきたい。
カナダ訪問時に人権問題について激高しているということは、もはや西側諸国全般を敵視しているのであろう。
第2に、外交部の立場は中国内部で強くないということ。
南シナ海の問題は外交と不可分の関係にあるが、
基本的には軍が取り仕切っており、外交部の介入する余地はほとんどないようだ。
しかも、外交部の振る舞いは、なにかにつけて軍から警戒されている。
軟弱な外交官が強硬な軍人から睨まれているという構図だ。
■国内で緊張状態が高まっている?
第3に、中国において言論は厳しく統制されており、自由な報道は許されない。
現体制維持のためだ。
しかるに、人権状況であれ、あるいは日本との関係であれ、中国の考えや方針と異なる相手国の主張に対して理解を示したり、一定限度でも評価したりすれば弱腰だと批判される危険がある。
中国の指導者として対外的にどのような発言をするかは体制維持にかかわる問題になりうるのだ。
だから、王毅としては外交の責任者として、かつ国家の指導者の一人として、二重の立場において強い発言をする必要があったと思われる。
第4に、王毅が今、強硬な姿勢をとっているのは、国内で緊張状態が高まっている
からではないか、と筆者は考える。
さまざまな政治的な緊張が考えられる。
南シナ海における政策問題かもしれないし、
習近平政権内外のパワーバランスに変化が生じているのかもしれない。
あるいは王毅外相のさらなる昇進問題が絡んでいる
のかもしれない。
具体的な理由については、現時点では推測するほかない。
しかし、いずれにしても、
中国外相の対外強硬姿勢は、国内との関係と不可分である
ことを知っておく必要がある。
』