2016年5月19日木曜日

習近平は中国共産党「最後の指導者」になるのか(5):「反・習近平」ともいえる動きが多発している

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Record china 配信日時:2016年5月21日(土) 17時0分
http://www.recordchina.co.jp/a139183.html

文化大革命50年、
格差拡大で中国当局は
 「皆が平等に貧しかった時代」への郷愁警戒


●中国に大きな傷跡を残した「文化大革命」の発動から、50年を迎えた。
 格差社会が広がる中、中国当局は国民が平等に貧しかった時代を懐かしむ風潮が、反政府の動きにつながることに警戒感を強めている。
 写真は文化大革命時に使われていた毛沢東のバッジ。

 2016年5月20日、中国共産党の「負の歴史」とされる「文化大革命」(文革)の発動から、16日で50年。格差社会が広がる中、皆が平等に貧しかった当時を懐かしむ声は国内に少なくない。
 共産党機関誌・人民日報は17日付で、文革を改めて全面否定する論評を掲載。
 文革の時代への郷愁が庶民の不満と重なり、
 反政府の動きと結び付くことに警戒感を示した。 

 文革が発動されたのは、1966年5月16日に開かれた中国共産党政治局拡大会議。
 「5.16通知」では「ブルジョア反動思想の批判」などが呼び掛けられ、指導機関として「中央文化革命小組」が組織された。
 思想運動の体裁をとっていたが、実際は1950年代終わりから60年代初めまでの「大躍進政策」の失敗を批判され、国家主席の座を降りた毛沢東党主席が権力奪還を狙って仕掛けたものだった。

 毛主席は「司令部を砲撃せよ」と指示。
 10代の少年少女らの「紅衛兵」を動員して、「資本主義の道を歩む実権派」と目された劉少奇国家主席やトウ小平総書記らを打倒した。
 紅衛兵は党の要人だけでなく、知識人らも攻撃して多数を死に追いやり、文化遺産を破壊。中国全土が狂気に包まれた。

 毛主席への個人崇拝も強まり、赤い表紙の「毛沢東語録」は国民の必携書となった。 
 清国最後の皇帝・愛新覚羅溥儀の生涯を描いた映画「ラストエンペラー」にも、「造反有理」「革命無罪」を叫ぶ紅衛兵が実権派とされた人たちを糾弾しながら、街を練り歩く場面が登場する。
 この当時、後に国家主席となる習近平氏も父親の習仲勲・元副首相の失脚に伴い、北京から陝西省に下放された。

 その後、71年9月、毛主席の腹心だった林彪国防相がクーデターに失敗して逃亡中にモンゴルで墜落死した事件などを経て、文革は徐々に収束に向かった。
 毛主席は76年9月に死去、翌10月、華国鋒首相が毛主席の妻・江青女史ら「四人組」を逮捕して事実上、終結した。
 共産党は77年8月の11回大会で終結を宣言。
 81年6月には文革を全面否定する「歴史決議」を採択した。
 10年に及んだ文革の犠牲者は1000万人以上ともいわれる。

 香港メディアによると、文革を主導した中央文化革命小組の最後の生存者だった戚本禹氏がこのほど、85歳で病没。
 文革は過去のものになりつつあるが、人民日報は
 「文革のような間違いの再演を絶対に許してはならない」
との論評で、歴史決議が
 「人民と歴史の検証を経て揺るぎない権威性を備えている」
と強調。
 「文革の歴史と教訓を肝に銘じ、党の文革についての結論を支持する」
よう求めた。

 中国専門家の1人は
 「年若い紅衛兵などを扇動して政府要人を倒させたのが文革の真髄。
 これはボトムアップの力を持っている。
 若者が自由自在に壁新聞を貼ったりして、思いっきり政府批判をしたのが文革だ」
と指摘。

 毛主席の
 「政府を人民に返せ」
 「人民の最大の権利は、国家を管理することだ」
との言葉を紹介した上で、
 「これほど人民を引きつける言葉があるだろうか。
 現在の政府に失望している人民の一群は、この言葉をもって文革を礼賛している」
とも分析している。


東洋経済オンライン 2016年05月19日 美根 慶樹 :平和外交研究所代表
http://toyokeizai.net/articles/-/118606

習近平が危ない!
中国で異例の事態が続出
絶対権力者の地位を脅かす3つの兆候とは?

 習近平主席は中国の党、政、軍のトップとして、また諸改革のために設置された委員会や小組(形式的には作業部会だが、その語感とはまるで異なる強力な機構。
 悪名高い文化革命を進めたのも小組であった)の長を1人で兼任している。

 もはや突出した権力者であり、毛沢東以来の絶対的権力者になりつつあるとも言われている。
 ところが、最近、そのような地位にふさわしくない出来事が起こっている。
 「反・習近平」ともいえる動きが多発しているのだ。

 来年秋には第19回中国共産党大会が開催され、習近平(共産党では総書記)以下があらためて信任されるか問われることになっている。このこととも関係があるのだろう。

■腐敗の取り締まりが思うように進んでいない

★.まず第1に、「腐敗の取り締まり」だ。
 「言論の統制」や「強い軍事力の維持」と並んで習近平政権の重要な柱。日本では「腐敗」は個別の問題であり、国家的な対策が必要とは誰も考えないが、中国においては、腐敗は現体制の維持が危うくなるほど広範かつ深刻な問題である。

 そのため、習近平政権は「反腐敗運動」を前例のないほど強力に進め、いわゆる「虎もハエもたたく」の「虎」、つまり大物であっても容赦せずに追及、処罰し、すでにかなり実績を上げていると見られていた。

 しかし、反腐敗運動の成果について、習近平はみずから強い言葉で疑問を呈し、
 周永康(元政治局常務委員、いわゆるチャイナ・ナインの1人であった)、
 薄熙来(政治局員、前重慶市長)、
 徐才厚(中央軍事委員会副主席)、
 郭伯雄(同)、
 令計画(党中央弁公庁主任、わが国の与党幹事長と官房長官を合わせたように強力な地位)
 蘇栄(政治協商会議副主席)
などすでに処罰が確定した者をあらためて名指ししながら、彼らの一味がまだ処分されないで残っていると指摘した

 そのうえで、
 「金銭で権力を獲得する者が少なくない」
 「幹部は家族が裏でカネを受け取るのを認めている」
 「自己が長年培ってきた人脈を使用して子女が暴利をむさぼるのを助けている」
と批判している。

 つまり、いわゆる太子党、あるいは「紅二代(革命の元老の子の代)」が国有企業を食い物にして私腹を肥やしていると、世界のチャイナウォッチャーによって指摘されていることを、習近平自身、そのとおりだと認めたのだ。

 習近平はさらに、取り締まりは不十分だし、ブレーキをかける者がいるとも言っている。
 習近平の下で王岐山が率いる規律検査委員会は党委員会の権威を損ねるほど猛威を振るい、恐れられる存在になっているが、それでも足りないと言うのだ。

 この発言は、中国共産党中央委員会の機関紙『人民日報』5月3日付が4カ月遅れで全文を掲載した。
 あまり率直に真実を報道すると中国の問題点をさらけ出すことになるので慎重になったから発表が遅れたのだと思われる。

■大衆重視路線を阻む厚い壁

★.第2に、習近平の大衆重視路線は厚い壁に阻まれている。
 習近平が「一般人民(老百姓)の声を重視せよ」と強調していることは公式に報道されており、そこまでは問題ない。

 しかし、経済発展も重視する現政権として、大衆重視をあまり強力に進めることはできない。
 そうすれば支配層を徹底的に破壊した文化革命を積極的に評価することになる危険があるからだ。
 5月16日は、50年前に発生した文化革命の記念日であり、人民日報は翌日、あらためて文化革命は否定しなければならないと強調する論評を行っている。

 つまり、習近平は文化革命否定の基本方針を堅持しつつ、大衆重視路線を進めなければならないという矛盾した状況にあるのだ。

 一部には、習近平は「左傾化している」という評判さえ立ちはじめている。
 これは習近平の大衆重視傾向を警戒する経済発展重視派からのけん制球だろう。

★.第3に、さる3月初め、「習近平同志に党と国家の指導的職務を辞するよう求める」と題する公開状なるものが一部メディアに掲載された。
 これは習近平を支持しない勢力があることを示す象徴的な出来事だった。

 この異例の公開状は、
 「習近平主席、あなたは権力を全面的に自己の手中に収め、なんでも自ら決定し、政治・経済・思想・文化各領域においてかつてない問題と危機を招来した。
 人民代表大会、政治協商会議、国務院内の党組織を強化する一方、国家の各機関の独立性を弱体化させた。
 李克強国務院総理を含む同志の職権は大きく影響された。
 中央規律検査委員会が各国家機関・国有企業に派遣する巡視組は新しい権力機構になり、各級党委員会と政府の権力・責任関係は不明確になり、政策の実施が混乱に陥っている」
と批判した。

■台湾民進党の勝利も習近平の失策?

 また、外交面では、「一帯一路」構想により資金を無駄遣いしたことを批判し、
 南シナ海問題については、
 「米国が韓国、日本、フィリピンおよびその他の東南アジア諸国と統一戦線を形成し、中国に共同で対抗するのを許してしまった」
と指摘している。

 さらに、台湾の総統選と立法院選挙で民進党が圧倒的な勝利をおさめたことさえ習近平の失策としてあげている。

 このような内容の公開状が、短時間であったとはいえ、中国のメディアによって報道されるのはあってはならないことだ。
 香港の『明報』によれば、初めて掲載したのは、外国に拠点がある民主派のサイト『參與網』であったが、3月4日付の『無界新聞』が転載した。
 こちらは「中央インターネット安全・情報化指導小組(党中央の宣伝部門の上に置かれており、その長は習近平)」の傘下にある党の新しい宣伝媒体だと説明されている。

 この公開状が掲載されたことで大騒ぎとなったのは当然だ。
 急きょサイトは閉鎖され、責任者は逮捕された。
 その後同紙は再開されたが、問題の記事はすでに削除されている。

 以上、3つの問題を紹介したが、それ以外にもいくつか注目されたことがあったので、いくつか記しておきたい。

■人民日報が政府の経済政策を批判

★・大胆な発言で有名な任志強が共産主義青年団や中央の宣伝部門をあからさまに批判したが、諸勢力間の確執のため拘束されなかった。

★・「個人崇拝」的な風潮、たとえば、「習大大(「習近平大人」という感覚か)」と呼ぶことを禁止する通達が発出された。

★・人民日報が、政府の公式発表とはかなり趣の異なる、「権威ある人」の経済分析記事を報道した。
 その内容は、中国経済が投資へ過重依存、不良債権、「地下銀行(闇の金融機関)」などかねてから指摘されている問題を解決できていないことに対する率直で厳しい批判だ。

 かといって、習近平の力を過小評価するべきではない。
 また、冒頭で述べたような中国の統治メカニズムは基本的には有効に機能していると考えられる。

 しかし、中国の政治においてはつねに緊張関係があるし、不安定化することもありうる。
 そうなれば外交への影響も不可避だ。
 本記事で紹介したような事柄をみて「習近平政権が危機的状態に陥っている」とみなすのは速断にすぎるが、今後の中国の政治状況をフォローする上で考慮に入れておくべきだ。



JB Press 2016.5.20(金)  馬 建
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46871

現代の毛沢東
個人崇拝の偶像を作り上げようとする習近平

 50年前の今月は、毛沢東が文化大革命を始めた月だ。
 それは、政治イデオロギーの名のもと、毛沢東個人の権力を拡大するために実行された混乱と迫害、暴力の10年であった。

 しかし、中国政府はこの破滅的な負の遺産を反省するのではなく、文化大革命に関するすべての議論を禁止している。
 そして中国市民は、30年にわたる市場志向の改革によってもたらされた富に目を向けて、甘んじて政府の方針に従っている。

 しかし、習近平主席が冷酷な粛清を実行し、個人崇拝の偶像を作り上げている現代のような時代において、過去を闇に葬る代償は高くつく。

*  *  *

 1966年8月、毛沢東は、「司令部を砲撃せよ―─ 私の大字報」という文書を出した。
 これは中国共産党の中で資本主義に寄っていた実権派だった第二主席の劉少奇を粛清しやすくすることが目的だった。
 この「大字報」の中で毛沢東は、中国の若者層に「皇帝を馬上から引きずりおろせ」、そして反乱を起こせと呼びかけた。

 若者たちは迅速に反応した。
 すぐさま「紅衛兵」となった学生民兵組織が全国に現れて、毛沢東の意志を掲げた。
 100日も経たないうちに、毛沢東は、劉少奇や鄧小平をはじめとする共産党の主力を幅広く粛清することに成功した。

 しかし、毛沢東の政敵への攻撃はこれだけではなかった。
 その年の8月、9月だけで紅衛兵は1700人以上を撲殺または自殺を強要して殺し、10万人もの北京市民の家や所持品を焼き払って彼らを北京から追い出した。
 教育者たちは特に攻撃の対象となった。
 紅衛兵が小中高等学校や大学に現れるたびに、教師や管理者たちは消されていった。

 しかし、毛沢東が「紅衛兵の構成員は実権派の“傘下にある”」といって紅衛兵を次なる攻撃の対象にするようになるのには長くはかからなかった。
 中国に軍事政権を敷いた後、毛沢東はしばしば紅衛兵の当初からの構成員を「再教育」と称して遠方の村へ飛ばして、紅衛兵の一団を新しい労働者反政府運動に入れ替えた。

 文化大革命は習近平の家族も直撃した。
 彼の実父・習仲勲は共産党の高官であったが、権力から追放されて投獄され、最終的にはトラクター工場に左遷された。
 習の家族は国中に散り散りばらばらになった。

 しかしそれでも、家族や故郷をばらばらにしたイデオロギーや組織に委縮するのではなく、習近平は、文化大革命の信条や手法を我がものとした。
 習近平はどうやら今でも彼の内部に、青年時代の文化大革命の好戦性をとどめているようだ。
 権力とは彼の道しるべであり、権力を守るためなら彼はどのようなことでもするのではないかと思われる。
 権力を守るために努力して、習近平は「毛沢東の遺産」という大きな強みを得た。

 何十年もの間、毛沢東は、市民がお互いに告発し合う階級闘争を促してきた。
 親友や隣人、家族であっても彼らは密告し合った。
 安全な場所はなく、誰もが(党員でない者でさえも)共産党員のしもべとなった。
 この恐怖政治の下においては、個人のアイデンティティなどというものは、こっそりと、しかし効率よく国家に組み込まれていった。

 人民に対する絶対権力を主張するために政治権力が残虐になるということは、文化大革命の1つの教訓である。
 だが、習近平はその教訓には関心を示さない。
 彼の関心はただ、「絶対権力」の一点のみにある。

 そして絶対権力を手中にするために、文化大革命の生き残りたち(つまり怖気づいて個人のアイデンティティではなく政治を選ぶということが何を意味するかを、分かっている者たち)は、習近平の頼れる政争の具になっている。

 習近平は、共産党の権威を強め、指導者としての彼の地位を再強化することでのみ成功できるということを分かっている。
 そのため、彼は中国内部から(つまり腐敗した裏切り者の指導者たちから)の深刻な脅威がある、というフィクションを持ち出した。
 そして、共産党への忠誠が最大の重要性を持つということを宣言した。

*  *  *

中国には、今やもう2種類の人間しかいない。
 共産党を支持する者と、支持しない者である。

 1966年の毛沢東のように習近平は、自分の権力は、あらゆる手段を使って全中国人民(政府官僚も一般人も等しく)を忠実にし、彼に従わせることができるかにかかっていると信じ込んでいる。
 例えばノーベル平和賞受賞者の劉曉波やそのほか何万人もの投獄された作家や研究者たちといった政敵を弾圧することで、彼の権力は築かれる。

 しかし、習近平は、統治を恐怖政治のみに頼っているわけではない。
 彼はまた、新しい1つのイデオロギーによって大衆の支持を受けようとしている。
 それは、「チャイナドリーム」と呼ばれる「中国国家の偉大な再生」によってもたらされるとされている社会主義の価値や目標である。

 これは
 「世界、ことにアメリカ合衆国が、正当な権利を有するはずの中国を国際秩序の頂上に座らせまいとしている」
と見立てるナショナリズムとともに主張されているが、こういったナショナリズムはメッキをかぶせたナショナリズムだ。
 そして彼は、毛沢東以来の個人崇拝を仕込んでいる。

 文化大革命から50年、その罪や業はいまだなくなることはない。
 逆に、これらは中国のさらなる政治的・経済的弾圧を正当化する理由として使われている。
 しかし、毛沢東スタイルの権威を守ろうとする習近平の試みは、毛沢東とは違ってむなしく終わることだろう。
 習近平の経済支配や政治粛清の不適格さは少しずつ、水面下で、彼に反対する幹部たちを生み出していくことだろう。

 経済政策の失敗が政治不安の事態に発展するにつれ、旧・紅衛兵たちは、歴史に無知な若者世代に支持されて、再び文化大革命の時の中心的役割を繰り返すかもしれない。
 そのときこそ、彼らが馬上から引きずりおろす「皇帝」とは、習近平なのだ。



Record china配信日時:2016年5月22日(日) 14時40分
http://www.recordchina.co.jp/a139257.html

中国政府が雇ったサクラ投稿者、
年5億件弱のコメントをネットに書き込み―香港紙

  2016年5月20日、香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト中国語版は記事
  「中国共産党、大量の“五毛党”を雇用=年5億件近い書き込みを投稿」
を掲載した。

 米ハーバード大学の計量政治学者ゲイリー・キング教授率いる研究チームは“五毛党”に関する研究成果を発表した。
 “五毛党”とは中国政府に雇用され、ネットに中国政府寄りの書き込みを行う人々を意味する。 
 一書き込みあたりの報酬が5毛(0.5元、約8.4円)とのうわさから付けられた名称だ。

 研究チームは江西省のある地方政府の宣伝部局から流出したメール約2000通を入手。
 政府機関と五毛党とのやりとりを分析した。
 その結果、この地方政府だけで1年間に200人の関係者が約4万3800件もの書き込みを行っていたことが明らかになったという。
 中国全体では「年4億8800万件」もの書き込みがあったと推測される。

 興味深いのは五毛党の書き込み内容だ。
★.政府批判の書き込みに直接反論することは少なく、
★.別の話題を提供して注目を拡散させる、
★.国家指導者を称賛する、
★.中国共産党の歴史を紹介する
といった手法を多用している。



ニューズウィーク 2016年5月27日(金)19時22分 高口康太(ジャーナリスト、翻訳家) 
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/05/sns48_1.php

中国SNSのサクラはほぼ政府職員だった、
その数4.8億件

<中国の言論統制、ネット統制の実態は分厚い秘密のベールに隠されている。
 流出した文書や内部関係者の証言によってその一部が明らかになっているだけだ。
 ハーバード大学の研究チームはネットの書き込みを計量的に分析するという新しい手法で、秘密の一端を解き明かした>



 2014年、ハーバード大学のゲイリー・キング教授は中国のネット検閲に関する興味深い研究結果を発表した。
 中国のソーシャルメディアで書き込みが投稿されるやいなや保存し、その後、どの書き込みが削除されたかをチェックすることで、ネット検閲の実態を明らかにしたのだ。
 この研究によって、
★.政府や政治指導者に対する批判的な発言についてはあまり削除されず、
★.デモや集会などの直接行動を呼びかけるものが重点的に削除されていること
がわかった。

【参考記事】なぜ政権寄りのネットユーザーが増えているのか
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/09/post-3926.php

 「政府批判が許されない監視社会・中国」というわかりやすいディストピア・イメージは間違いで、
 「政府に文句を言うことはできる自由な社会に見せかけるも、
 民衆の暴発の目だけは詰まれている巧妙な監視社会
という現実が浮き彫りとなった。

■ハーバード研究者が解き明かす中国ネット統制の実態

 そのキング教授の研究チームが先週、中国のネット統制に関する新たな研究結果を発表した。
 今回の資料は江西省のあるネット宣伝部局から大量流出したEメールだ。
 いわゆるサクラ書き込み、すなわち政府にとって都合のよいコメントを書き込むよう具体的な指示が書かれていたという。

 メールに記載されていた4万3000件のネット書き込みを分析したところ、そのほとんどは政府機関から書き込まれていたことが明らかになった。
 全体の20%はネット宣伝部局からの書き込みだったが、
 他にも鎮(町レベルの行政区分)政府やスポーツ局、人的資源部局など、検閲とは関係なさそうな政府機関からの書き込みも多数含まれている。
 また書き込みの内容だが、政府批判に対して反論するのではなく、別の話題を作って注意をそらす、あるいは政治指導者や中国共産党をひたすら称賛するような内容が中心だった。

【参考記事】中国ドラマ規制リスト:学園ドラマも刑事ドラマも禁止!
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/03/post-4695.php

 分析から研究チームは次のような結論を導き出している。

●・中国全体で政府機関によるサクラ書き込みは年4億8800万件(推定)に達する
●・ネットの書き込みのうち「178件に1件」は政府機関によるサクラ書き込み

 政府寄りのサクラ書き込みをする人々は中国語で「五毛党」と呼ばれる。
 1書き込みあたり5毛(0.5元、約8円)という薄給で良心にもとる仕事をする人々という蔑称だが、
★.研究チームは五毛党ではなく、政府機関職員がサクラ書き込みの主流
だと結論づけている。

■「世論誘導はしていますが、それがなにか?」と政府系メディア

 さて、この研究について中国国内メディアはだんまりを決め込んでいるが、
 唯一、真っ向から反論しているのが環球時報の社説だ。
 その反論内容がなかなか興味深い。
 論点は主に二つある。

★.第一に中国のネット世論誘導にはさまざまなものがあり
 「セント党」(民主主義を礼賛し中国を批判するなど西側寄りの書き込みをする人々。
 五毛に対する意味で米国の通貨セントから名前が取られた)もあれば、商業的なサクラ書き込みもあり、政府の言論統制と十把一絡げにまとめる研究は中国の実情を理解していないという反論だ。

 実際、キング教授の研究はある地方宣伝部局の流出メールが資料であり、これだけで中国ネット世論統制の全貌が明らかにできたかについては疑問符がつく。
 例えば拙著『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』で取り上げたが、共産主義青年団(共青団)は大学生や国有企業従業員らを対象に、最大1000万人とも言われるネット世論監視ボランティアを動員したことが明らかになっている。
 このボランティアは共青団系統の指示で動いており、宣伝部局とは指示系統が異なるため、流出メールからは状況が把握できなかったことが予想される。

★.そして第二に
 世論のあり方は国情によって違い、中国には世論誘導が必要で、中国人の大半は必要性を認めているとの主張だ。
 「世論誘導はしていますが、それがなにか?」
と開き直る大胆な反論である。
 環球時報以外のメディアならば掲載は難しいだろう。
 環球時報は人民日報社の旗下にあり、社説を書いた胡錫進編集長は政府高官と太いパイプを持つと噂されている。

 ただ政治力があるから書けるというだけでなく、環球時報の主張が評価されている部分もありそうだ。
 胡編集長はたんに西側を批判するのではなく、西欧的な人権と中国の国情との均衡点に落としどころを見つけるべきとの主張で一貫している。
 昔ながらのプロパガンダで民主主義などの西側思想を否定されるとげんなりするような人の中にも、
 「民主主義よりもまずは社会の安定が大事」
 「西側と中国では国情が違うから、西側のような言論の自由は難しい」
と考える人は相当数存在する。
 そうした人々にとっては環球時報の反論は腑に落ちるものとなる。

■官僚たちがまじめに強化していく言論統制の先にあるもの

 しかしながら、言論統制やむなしと考える人々も、とめどない規制強化に賛同できないのではないか。
 習近平政権発足後、言論統制は大幅に強化されている。

 先日、武漢理工大学マルクス主義学院の張応凱教授が授業中の不適切発言で処分されていたことが明らかになった。
 「マルクス主義基本原理」という授業で
 「中国人労働者の剰余価値は政府と資本家の連合に奪い取られている」
とつぶやいたことが問題になったという。
 この発言を中国教育部直属の私服巡視員が録音して問題視された。

 私も中国の大学に留学したことがあるが、この程度の発言は珍しいものではなかったし、学生たちにもバカ受けしていた。
 ところが気がつけば大学内にスパイが入り込み、また学生に問題発言を密告するよう奨励しているケースまであるという。

 ここまでの統制に意味はあるのか、言論統制やむなしと現状維持に納得している人まで政府批判にまわらせてしまうのではないかと心配になるが、
 なにせ中国は世界最古の官僚国家である。
 ネットや大学でも思想統制を強化するとの
 目標を定めてしまえば、"官僚機械"は目標に向かって着実に仕事をこなしてしまう。
 その結果生まれたのが、年4億8800万件のサクラ書き込みであり、授業にまぎれこむ私服巡視員である。
 このまま官僚機械がまじめに仕事を続ければ、さらにエスカレートした事態が生まれることだろう。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


現代ビジネス 2016年06月21日(火) 近藤 大介
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48959

『人民日報』がまさかのトップ批判!
激化する「習近平vs李克強」路線闘争、
その舞台ウラを読み解く
漂流する中国経済

■「中南海」で何が起こっているのか?

 先週6月15日は、習近平主席の63回目の誕生日だった。
 おそらく習主席は、誕生日を利用して自己の偶像崇拝化を図ろうとしたのではないかと思うが、その2日前の6月13日に、強烈な「反撃パンチ」を浴びた。
 習近平政権の「公式見解」が載るはずの中国共産党中央機関紙『人民日報』に、
 「トップのあるべき姿とは」と題した驚くべき評論
が載ったのだ。

 〈 トップ(一把手)であるには、自分が握っている舵の限度をよくわきまえねばならない。何が可能で何が不可能なのかということだ。
 あるトップは、自分がナンバー1だと勘違いして、職場を自分の「領地」に見立てて、公権を私権に変えて、やりたい放題だ。
 自分の話を誇大妄想的に政策にしていき、職場を針も通さない、水も漏らさない独立王国に変えていく。

 このような唯我独尊的な権力の保持は、大変危険であり、往々にしてそのようなトップは「哀れな末期」を迎えるものだ。
 その他、トップというのは、全局を掴み、大事を謀り、大を掴んで小を手放すのに長けていなければならない。

 それなのにあるトップは、自分の手元から大権がこぼれ落ちるのを恐がって、分をわきまえない。
 それですべての権、財、物、人を独占しようとする。
 大から小まですべてを掌握しようとして、結果、何も掌握できない様となるのだ 〉

 ここに掲げたのはエッセンスで、実際の文章はもっと長い。
 文中で論じた「トップ」が習近平主席のことであるとは一言も書いていないが、中国人なら誰が読んでも、習近平主席を想像して、思わず苦笑してしまう文章だ。
 これほど強烈な習近平批判ののろしが、党中央機関紙から上がったことは、過去に一度もない。
 「中南海」で、いったい何が起こっているのか?

■新婚初夜に党章を書き写す「模範党員」

 先月のことになるが、5月16日午後3時40分、中国南部・江西省の省都・南昌市にある南昌鉄道が運営している自社のミニブログに、若い新婚夫婦を撮った一枚の写真が掲載された。
 写真には、南昌送電所のエンジニア助手・李雲鵬君と、鉄道の補修工助手・陳宣池さんが、それぞれ燕尾服とチャイナドレスを着て写っている。
 前日の15日日曜日に、晴れて結婚式を挙げた二人は、「初夜」を迎えた。
 ところが写真に写った新郎の李氏は、夜自宅のデスクに電気をつけ、ノートを広げて一心不乱に筆記している。
 新婦の陳さんは、そんな夫に寄り添って、書き写す様子をうっとりした表情で見守っている――。



 「新婚之夜抄党章」(新婚の夜に中国共産党の党章を書き写す)と題されたこの写真は、その後、図らずも、13億7000万中国人の間で、侃々諤々の議論を呼んだ。
http://www.wenxuecity.com/news/2016/05/16/5209136.html

 5月3日にアップした本コラムで詳述したように、4月26日、安徽省を視察した習近平総書記は、「両学一做」(二つの学習と一つの行為)の大号令をかけた。
 これは、8779万人の中国共産党員が全員、
★.中国共産党の党章党規と習近平総書記の重要講話を、手書きで写し、党員としてふさわしい行いをするようにという命令だ。
 このようなことは、鄧小平、江沢民、胡錦濤の前3代の政権時にはなかった。
 毛沢東時代の個人崇拝を、「負の遺産」として、固く禁じていたからだ。
★.筆記作業の第1弾となる党章は、調べてみたら、全文約1万5000字もある。
 これを100日かけて書き写そうとすれば、1日150字ずつ、無味乾燥な条文(失礼!)を書き写さねばならない。

 忠実なる中国共産党員である李雲鵬君は、習近平総書記の「大号令」に反応した南昌鉄道の共産党委員会に命じられて、毎晩、仕事を終えて帰宅すると、党章の書き写しを始めた。
 その20日目に、前から予定していた結婚式の日を迎えた。
 だが新婚の夜も、熱心に党章を書き写したのだった。
 そんな「模範党員」ぶりを示したのが、南昌鉄道のミニブログに掲載された写真というわけだ。

 ところが、この写真がアップされたとたん、中国のネット上で、直ちに「炎上」してしまった。

 「何とも哀れな、若き中国共産党員よ! 
 自分も家族も、共産党員でなくてよかった」
 「李雲鵬は、きっとゲイなんじゃないか?」
 「いや、インポテンツなんだよ。
 だから初夜なのにベッドへ行かず、党章なんか書き写している」
 「關關雎鳩、在抄党章。窈窕淑女、還抄党章」(關關たる雎鳩は、党章を書き写している。
 窈窕たる淑女も、いまだに党章を書き写している。=『詩経』の有名な冒頭のもじり)
 「挙頭望明月、低頭抄党章」(頭を挙げて明月を望み、頭を下げて党章を書き写す。=李白の有名な詩「静夜に思う」のもじり)

 このように、個人崇拝の浸透を狙った習近平執行部から見たら、思わぬ方向に議論が展開してしまったのである。
 そのため中国共産党中央宣伝部は、ネット警察を駆使して、ネット上に広がった「不穏当な発言」を、一斉に削除していった。
 しまいには、もとの南昌鉄道のミニブログまで閉鎖してしまった。

 この頃は技術の進歩によって、共産党執行部にとって好ましくないコンテンツがネット上にアップされると、たちまちのうちにパッと消されてしまう。
 これを皮肉る「秒删」(ミャオシャン=秒消し)という新語が、流行語になっている。
 「秒删」はいまや、中国人にとって日常の風景だ。

 こうして、もとのブログは閉鎖されたというのに、党中央宣伝部は、「『新婚之夜抄党章』は国を利し、国民を利する良い行いだ」と題した文章を、全国のメディアに対して転載するよう指示したのである。

■文化大革命をも肯定する習近平路線

 そもそも、この物議を醸した写真が発表された5月16日は、文化大革命の50周年記念日だった。
 半世紀前の1966年5月16日、毛沢東は中国共産党中央政治局拡大会議を招集し、「五一六通知」を採択した。
 ここから「4人組」(文化革命小グループ)を立ち上げ、全国に「紅衛兵」を組織し、「造反有理」(造反には理がある)をスローガンにして、その後10年間で数千万の中国人が犠牲となる未曾有の悲劇が起こったのである。

 中国共産党はその後、1981年6月、鄧小平の指導のもとで開いた第11期中央委員会第6回全体会議で、「毛沢東同志に関しては功績が第一」としながらも、文化大革命を起こした毛沢東の誤りを総括している(「中国共産党中央委員会の建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」)。

 この決議から35年の年月を経て、習近平総書記は、文化大革命50周年を機に、毛沢東元主席が犯した文化大革命の過ちを、正当化しようと目論んだ。

 今年2月26日、中国共産党中央機関紙『人民日報』は突然、次のような記事を掲載した。

 〈 最近、習近平総書記は、毛沢東同志の『党委員会の活動方法』に学ぶようにという重要指示を出した。
 各級の党委員会のリーダーたち、特に重責を担う同志に、この毛沢東同志の著作を重視するよう、明確に要求した 〉

 ここから習近平総書記は、毛沢東主席の生涯の「功績」に対して批判することを禁じていった。
 それは、文化大革命をも肯定するということであり、いつのまにか1981年の決議を反故にしてしまったのである。
 これに、鄧小平を「政治の師」と仰ぐ李克強首相以下、「団派」(中国共産主義青年団出身者)の幹部たちが不満を募らせたことは、想像に難くない。

 その後、全国人民代表大会(3月5日~16日)の前後に、習近平vs李克強の激しい権力闘争が起こった。
 そのことは、このコラムで書いてきた通りだ。
 続いて、習近平総書記は安徽省視察(4月24日~27日)で、毛沢東ばりの個人崇拝路線に舵を切った。
 そして文革50周年にあたる5月は、習近平総書記への個人崇拝路線を是とするか非とするかという「党内闘争の月」となったのである。

■中国版AKBへの書き込みも「秒删」

 「労働節」(メーデー)3連休の中日にあたる5月2日の夜7時半、著名な映画監督の謝軍が演出を担当し、労働節を祝うビッグ・コンサートが、北京の人民大会堂(国会議事堂に相当)内の「万人礼堂」で行われた。
 万人礼堂は、名前の通り1万席以上ある巨大ホールで、全国の党・政府・軍の幹部たち、それに多くのメディアが招待された。

 この日、コンサートを開いたのは、「56輪の花」という名の、14歳から20歳までの56人の少女たちだった。
 一説によると、元国民的歌手で習近平夫人の彭麗媛が、日本のAKB48のようなグループを中国に作ることを命じたという。
 実際、中国メディアは、「56輪の花」に、「世界最大規模のグループ歌手」という形容詞をつけている。

 中国人は約92%が漢民族で、残りの約8%が55の少数民族である。
 そのため、1民族1人ずつ美女をピックアップして、計56人の美女軍団を作ったのである。

 だが、AKB48と違って、「56輪の花」が歌うのは、「紅歌」(中国共産党賛歌)である。
 この日は30曲の「紅歌」を熱唱し、そこには「偉大なる習近平」を讃える歌も並んでいた。
 2013年11月3日に、習近平総書記が湖南省の貧しい苗族の村を視察したことを讃えた
 『あなた様を何と呼んでいいか分からない』。
 習近平政権のキャッチフレーズである「中国の夢」を讃えた
 『中国の夢は最も美しい』
などだ。

 これは私の推測だが、「56輪の花」はコンサートを行うたびに、古典的な「紅歌」を減らして、代わりに習近平総書記を讃える新曲が増えていく気がする。
 ほとんど北朝鮮の「金正恩喜び組」の中国バージョンだ。

 この時のコンサートでは、招待を受けた中国メディアは、「56輪の花」の称賛報道をするよう強いられた。
 今年2月以降、習近平総書記の命によって、すべての中国メディアは「中国共産党の色」に染まることを義務づけられている。
 そのため、かつては「北京市民の社会正義の代弁者」を標榜していた『北京青年報』までが、「56輪の花の少女たちが人民大会堂に紅歌の熱風を巻き起こした」と題したヨイショ記事を書いた。

 このコンサートについては、
 「何だ、この歌詞は?」
 「こんな歌でライバルのAKB48に勝てるのか?」
といったネット上の書き込みも相次いだが、すべては「秒删」されてしまった。

■「権威人士」とは何者か?

 続いて5月9日、『人民日報』に、「権威人士」なる人物が「中国経済の現状」を語る異例の長文インタビュー記事が掲載された。
 「権威人士」が『人民日報』に登場したのは、
 昨年5月25日、今年1月4日に次いで3度目だった。

 この記事は中国共産党内で、侃々諤々の議論を呼んだ。
 政府の経済政策に反するような内容も、一部含まれていたからである。
 そもそも中国経済の運営は、国務院総理である李克強首相の管轄である。
 実際に李首相は、3月に全国人民代表大会で、2時間近くもかけて『政府活動報告』(中国経済報告)を行ったばかりだ。
 それなのに2ヵ月後に『権威人士』が出てきて、再び語る必要がどこにあるのか。

 この件について詳しい中国共産党員に聞くと、次のように述べた。

 「この『権威人士』というのは、習近平主席の中学校の同級生で、最大の経済ブレーンである劉鶴・中央財経指導小グループ弁公室主任兼国家発展改革委員会副主任だ。
 習近平総書記と李克強首相は、経済運営を巡っても対立している。
 李首相は民営化・自由化論者で、習近平総書記は中国経済を、自己の権力基盤を固める道具と考えている。

 劉鶴主任は習近平総書記の意を受けて、『人民日報』を、いわば『占領』した。
 これは習近平総書記から李克強首相に向けた『警告』だ。
 すなわち、『今後黙って自分に従わないならばクビを切るぞ』ということなのだ」

 「権威人士」が語った内容については、大変長いので省略するが、国務院が進める経済改革には問題があって、党中央が規定する正しい「供給側構造改革」に沿って進めていかないといけないと戒めるものだ。

■すべては李克強派を封じ込めるため

 習近平総書記は、わざわざ文化大革命50周年の日にぶつける形で、5月16日午前、中央財経指導小グループ第13回会議を開いた。
 この小グループには、「トップ7」(党中央政治局常務委員)の中から4人が入っている。
 グループ長の習近平総書記、副グループ長の李克強首相、文化マスコミ担当の劉雲山常務委員、江沢民派の張高麗筆頭副首相である。

 習近平総書記は、5月9日に「権威人士」が『人民日報』に語った内容からピックアップして演説した。
 すなわち、中国経済を回復させるため、「供給側構造改革」を断行することが重要であり、今年は特に「三去一降一補」(過剰生産の除去、在庫の除去、金融リスクの除去、生産コストの低下、欠点の補填)を進めるということだ。
 また、中産階級を拡大させることも強調した。

 習近平総書記の演説の他には、江蘇省、重慶市、河北省、深圳市の代表が、「供給側構造改革」の実践例を報告した。
 いずれもトップに習近平派が連なる地域だ。
 続いて、国家発展改革委員会、財政部、人力資源社会保障部の代表が、中産階級拡大への取り組みについて報告した。

 前出の中国共産党員が語る。

 「胡錦濤時代には、国家の重要事項は、党中央政治局常務委員会と国務院(中央官庁)常務委員会が一体となって決めていた。
 ところが習近平総書記は、政敵の江沢民派が過半数の4人もいる党中央政治局常務委員会は信用していない。
 かつ李克強首相がトップで、李克強派(団派)が多い国務院も信用していない。

 そこで国家の重要事項を、中央財経指導小グループで決定し、それを党中央政治局常務委員会と国務院常務委員会に下ろすシステムを構築した。
 わざわざ文革50周年の日に合わせて中央財経指導小グループを開催したのも、文革を徹底的に否定しようとする李克強派を封じ込めてしまうために他ならない」

■『人民日報』に載った大胆な論評

 結局、この文革50周年当日、中国メディアは沈黙した。
 だが翌17日になって、『人民日報』に、
 「歴史を鑑とすることは、よりよく前進するためだ」
と題した論評が出た。

 〈 文化大革命は、われわれの党と国家の発展段階の中で起こった大きな曲折だった。
 1980年8月に、鄧小平同志はイタリアのファラチ記者に2度会い、当時、中国内外が注視していた中国共産党の毛沢東同志と文化大革命に対する評価問題について、鮮明に答えた。

 一年後、党の第11期6中全会で、「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」を採択した。
 そこで文化大革命と、無産階級専制下での革命継続理論を、徹底的に否定した。
 そして事実に基づいて、毛沢東同志の歴史的地位を評価し、毛沢東思想を党の指導的思想とする偉大な意義について十分論述した。

 文化大革命はリーダーが誤って発動したものであり、反革命集団に利用され、党と国家と各民族の人民に、重大な災難となる内乱をもたらし、行われた危害も全面的に重大なものだった。
 歴史が十分証明しているのは、文化大革命が理論上も実践上も、完全に誤りだったということであり、文化大革命にはいかなる革命的意義も、社会進歩もない。

 わが党のリーダーを含む失策と誤りから汲み取った厳粛な方針は、
 第一に承認する勇気を持ち、
 第二に正確に分析し、
 第三に決然と修正すること
だ。
 われわれは文革の再演を、絶対に起こさないし、許さない 〉

 この『人民日報』の論評には、「任平」という署名が入っていた。
 「百度」(バイドゥ)でこの名前を検索すると、華為(ファーウェイ)の任正非総裁の息子を始め、11人の「任平氏」が出てきたが、いずれもこのような大胆な論評を書くような人物ではない。

 任という姓で最も有名かつ中国人が連想するのは、「大口叩きの任」というニックネームの任志強・元華遠集団会長である。
 任志強は2月19日、習近平総書記が「全メディアが共産党の色に染まれ」と大号令をかけたことに抗議し、自身のミニブログに習近平批判を書き続けた。

 その後、任志強が忽然と姿を消したことで、監獄に繋がれたという噂が立った。
 だが5月2日になって、北京市西城区委員会がホームページで、
 「党の政治紀律違反で一年間の監察処分となった」
と発表した。
 友人の王岐山・党中央紀律検査委員会書記が救ったとも言われる。

 そんな人物を連想させるような署名で、習近平総書記が目論んだ「文革肯定」と「個人崇拝」を阻止するような文章が出されたのである。これはどう解釈すべきか?

■すかさず反撃に出る習近平総書記

 一つの仮定としては、李克強派(団派)が、文革の苦労を共有している共産党の長老たちを巻き込んで、「習近平包囲網」を敷いたのではないか。
 その結果、習近平総書記が一時的に、「後退」せざるを得なくなったのである。

 だが、習近平総書記は、すぐさま反撃に出た。
 この「文革否定論文」が出た5月17日午前、哲学や社会科学方面の学者たちを集めて、「哲学社会科学活動座談会」を開催。
 中国中央テレビのカメラを入れて、長い演説をぶったのである。

 演説草稿全文を精読したが、A4用紙で14枚にも及び、習近平総書記のマルクス主義に対する強烈な思いが込められている。
 習近平総書記はよく長広舌をぶつが、これほど長いものは珍しく、「マルクス→毛沢東→習近平」という思想の系譜を考えているように思われる。
 そのエッセンスは、次の通りだ。

 〈 今日はマルクス主義を含む理論研究の大家たちに来ていただき、挨拶を述べたい。
 (2012年12月の)第18回中国共産党大会以来、宣伝思想文化と理論研究の活動を強化、改変してきた。党中央が前後して開いた全国宣伝思想活動会議、文芸活動座談会、新聞世論活動座談会、インターネット安全及び情報化活動座談会などの会議を通じて、私は談話を述べてきた。
 中国の特色ある社会主義を堅持し発展させるために、哲学や社会科学に携わる者たちは、余人を持って代えがたい重要な役割を担っているのだ。

 革命戦争時代、毛沢東同志は言っている。
 「社会科学を用いて社会を理解し、社会を改造し、社会革命を進行させるのだ」。
 毛沢東同志はまさに、偉大な哲学家であり、思想家であり、社会科学者だった。
 毛沢東同志が著した『矛盾論』『実践論』などの哲学名著は、いまに至るまで、重要な指導的意義を持っている。
 毛沢東同志の多くの調査研究の名論文は、わが国の社会をつぶさに分析し、社会科学の教科書となるものなのだ。

 マルクス主義の誕生は、人類思想史上の偉大な事件だった。
 (1917年にロシアに起こった)十月革命の砲声は、中国にマルクス・レーニン主義をもたらした。
 マルクス主義を意識形態において指導的な地位に置きながら、いかにして社会主義の核心的な価値観を教育し実践していくか。
 それこそが、哲学と社会科学の任務なのだ。

 哲学と社会科学は、中国の特色ある社会主義事業を堅強な指導の核心に定めて、「二つの百年」(2021年の中国共産党百年と2049年の建国百年)の目標を実現し、中華民族の偉大なる復興という中国の夢を実現するのだ 〉

■決定的な「習近平賛歌」

 習近平総書記は、反撃の第二弾として、5月20日午後、中央全面深化改革指導小グループ第24回会議を招集した。
 この中央全面深化改革指導小グループは、2013年11月の3中全会(中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議)で、経済分野に関する実権を李克強首相から奪った習近平総書記が、「改革の司令塔」として設立した組織だ。
 習近平グループ長の下に、李克強、劉雲山、張高麗の3人の副グループ長がいる。

 この会議でも習近平総書記は、社会主義の核心的価値観の堅持、教育、実践を説いたのだった。
 社会主義の核心的価値観とは、富強、民主、文明、和諧、自由、平等、公正、法治、愛国、敬業、誠信、友善のことである。
 習近平総書記は、この12の価値観によって中国の特色ある社会主義は発展していくと説いている。
 私見では、習近平政権下の中国では、このうち富強と愛国が、やや先走っているように思えるが、ともかく「習近平思想」は、この社会主義の核心的価値観によって成り立っている。

 5月26日、『人民日報』は、ダメ押しとも言える習近平擁護論文を掲載した。
 タイトルは、
 「一部の人間は国有企業改革を私有化の方向に持って行こうと尽力している」。
 筆者は、周新城・中国人民大学教授である。

〈 習近平同志は、(2015年11月23日の第28回)中央政治局集団学習で、「マルクス主義政治経済学」を学習テーマにした。
 その時、こう述べた。

 「マルクス主義政治経済学の基本原理と方法論を学習することは、科学的な経済分析方法を掌握し、経済運動の過程を認識し、社会経済発展の規律を把握し、社会主義市場経済の能力を引き上げるのに役立つ。
 国有企業はわが国の経済の支柱であり、国有企業改革は必ず、マルクス主義政治経済学の基本原理と方法を堅持しながら運用し、問題を分析していかねばならない」

 習近平同志は、わが国の社会主義の60数年の発展の経験を奥深く総括し、明確に指摘している。

 「国有企業、特に中央が管理している国有企業は、国家の安全と国民経済の命脈に関係した主要な業界と領域で、支配的な地位を占めている。
 それらは国民経済の重要な支柱であり、わが党の執政と社会主義国家政権の経済の基礎の中にある。
 必ずやうまくやるのだ」

 この言葉に、国有企業改革の目標と方向が示されているではないか。

 生産の公有制は、社会主義経済の基礎である。
 この社会主義初級段階の基本的な経済制度は、わが党がマルクス主義の基本原理を現実と結合させようと長年模索してきた成果であり、今後も相当長期にわたって、経済分野の根本的な制度となるものだ。

 社会主義というこの4文字は、絶対になくすことのできないものであり、わが国の市場経済の性質、方法、手段を示したものである。
 長期にわたって経済学界は、公有制と市場経済は相容れず、市場経済を推し進めるなら私有化を実行しないといけないなどという誤りが存在していた。
 こんな間違ったロジックを受け入れていては、社会主義市場経済は作れない。
 公有制、国有企業と市場経済は、結合できるのだ。

 国有企業の改革のポイントは、所有権と経営権の分離を実行することだ。
 それなのに一部の人々は、国有企業改革を私有化(民営化)の方向へ持っていこうと尽力している。
 われわれは旗幟を鮮明にして、正確な改革の方向へ進んで行かねばならない 〉

 まさに決定的な「習近平賛歌」、そして国有企業を民営化の方向に持っていきたい「李克強路線」への押さえ込みである。
 こうした習近平路線に対する強烈な反撃が、冒頭に掲げた「6月13日『人民日報』論文」だったというわけだ。

 来年秋の第19回共産党大会に向けて、これから1年半、こうした路線闘争はますます激化していく。
 そしてその間、中国経済は「漂流」していく――。


<付記>
本文で示したように、国内では「中国の皇帝」、そして対外的には「アジアの皇帝」を目指す習近平主席の野望を描いた最新刊です。習近平主席は、中国とアジアをどうしようとしているのか。どうぞご高覧ください!





現代ビジネス=週刊現代, 2016年06月23日(木) 近藤大介
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48933

習近平が次に粛清する「超大物」の名前
〜5年に1度の党大会に向けた権力闘争が始まった
ターゲットは中国最大の親日派!?


●「21世紀の毛沢東」を目指す習近平主席〔PHOTO〕gettyimages

トランプvsクリントンのデッドヒートが続くアメリカだけでなく、中国でも権力闘争が激化している。
勝てば官軍、負ければ匪賊。
習近平主席が「標的」にしているのは、中国最大の親日派なのか——。

■今年の誕生日プレゼントは

 北京の最高幹部たちの職住地である「中南海」の人々が緊張に包まれる日が、今年もまたやって来る。
 6月15日——中国人なら誰もが知っている、習近平主席の63回目の誕生日である。
 古今東西、独裁者の誕生日には、部下たちが忠誠を示す「プレゼント攻勢」に出るものだ。

 習近平が最高権力の座に就いて、初めて迎えた'13年のこの日、幹部たちは、新主席の一番の趣味であるサッカーで歓心を引こうと、「格下」のタイ代表チームを北京に呼んで、中国代表と国際親善試合を組んだ(結果は1-5と大敗し、幹部たちは青ざめた)。

 昨年の6月15日には、「最高の株価」で主席の誕生日を祝おうと、上海総合指数の8年ぶりの高値を目指して「工作」した(結果は当日2%暴落し、その後3週間で34%も暴落したことで、やはり幹部たちは蒼くなった)。

 今年の誕生日は、サッカーでも株でもなく、習近平主席が最も喜ぶ「個人崇拝」で祝おうと、中国共産党の幹部たちは躍起になっている。
 「二つの学習と一つの行動」——4月27日、4日間にわたる安徽省視察を終えた習近平主席は、新たなスローガンをブチ上げた。
 共産党党規と習近平講話を学習し、共産党員として習主席を崇める「正しい行動」を取るというキャンペーンだ。

 5月2日には、人民大会堂(国会議事堂)で、56の全民族から一人ずつ美少女を選んで結成した女性ボーカルグループ「56輪の花」がコンサートを開き、美少女たちが「習近平賛歌」を絶唱した。
 「56輪の花」は一説によれば、元国民的歌手の彭麗媛・習近平夫人の指示で、日本のAKB48をまねて結成したという。
 歌う内容はまるで異なるが、中国は「AKB48を超える世界最大規模の美女軍団」と喧伝する。
 1万人を収容する人民大会堂には、中国の有力メディアがあまねく招待され、「習近平賛歌」の「賛美報道」を要請された。
 今年2月19日に習近平主席が、「メディアは共産党の色に染まれ」と命じて以降、中国メディアは一斉に右へならえである。

 また、4月末から7999万人の中国共産党員全員に、計1万5000字もある共産党党規を手書きで書き写すことが義務づけられた。
 「中国を指導する」共産党員たちは、5月のメーデーの3連休も、6月の端午の節句の3連休も、ひたすら無味乾燥な党規の「筆記」に明け暮れた。
 狂信的な毛沢東崇拝運動だった文化大革命の開始50周年にあたる5月16日には、江西省の南昌鉄道の若い修理工夫婦が、結婚式の夜にも、礼服姿で共産党党規を必死に書き写していたという「美談」が、共産党系メディアによって写真付きで流布された。

 このように習近平主席を、かつての毛沢東主席のように個人崇拝していこうというキャンペーンは、習近平主席の誕生日に向けて、ますます盛り上がりを見せている。

■潜伏する「打虎隊長」

 こうしたキャンペーンの背後にあるのは、来年秋に控えた、5年に一度の第19回中国共産党大会である。
 この党大会で習近平主席は、「プーチンのロシア」を手本にした「習近平の中国」の確立を目論んでいるのだ。

 これを実現すべく、習近平主席の右腕として暗躍しているのが、「打虎隊長」(虎=汚職幹部を打倒する隊長)の異名を取る王岐山中央紀律検査委員会書記(共産党序列6位)である。
 二人は青年時代に、陝西省の寒村で寝食をともにして以来、40年以上の仲だ。

 王岐山書記は、この3年半というもの、最大最強の長老・江沢民元主席(89歳)の側近たちに、「腐敗分子」のレッテルを貼って、次々に粛清していった。
 公安(警察)利権を一手に握っていた周永康前常務委員(共産党序列9位)、人民解放軍の「二枚看板」と言われた徐才厚、郭伯雄両元中央軍事委員会副主席らも、容赦なく投獄した。

 そのため、政治に敏感な中国人は、王岐山書記の消息がしばらく途絶えるたびに、「大老虎」(大幹部)が捕まる前兆に違いないと、察知するようになった。
 そんな王岐山書記は、今年4月20日以降、実に47日間にもわたって身を潜めた。
 ようやく6月7日になって、北京で開かれた幹部同志との座談会に出席した模様を、中国中央テレビが報じた。
 王書記のこれまでの「最長潜伏期間」は24日。
 それだけに、その2倍もの間、動静が伝わらなかったのは、新たな、そして特大の「大老虎」を狙っていると見るのが自然である。

 それは一体、誰なのか?

 中央紀律検査委員会のホームページを見ると、6月8日付で、「今週引っ捕らえた77人リスト」が載っている。
 だが、トップに出てくる北京市司法局弁護士トレーニングセンターの陳光毅元副主任が着服したのは、たかだか7万3500元(約120万円)にすぎない。
 前述の郭伯雄上将が、邦貨で4兆1000億円も隠匿していたことを思えば、これでは「虎」ではなくて「蠅」である。
 これまでの「老虎」捕獲のパターンを見ると、例外なく、まずはその側近を捕らえている。

 最近失脚した注目すべき幹部と言えば、5月30日に中央紀律検査委員会が汚職調査を発表し、6月3日に職を解かれた李雲峰・江蘇省副省長である。
 李副省長は皮肉なことに、5月27日に開かれた習近平総書記の講話を学習する江蘇省の党常務委員会に出席した後、拘束されたのだ。
 これで習近平時代に入ってから、共産党中央委員会で実に21人目の「落馬」となったが、この江蘇省に34年間勤務し続けた地方幹部が注目されたのにはワケがある。
 同じ江蘇省出身で、共産党序列12位の李源潮国家副主席の側近なのだ。

■「太子党」と「団派」の闘い

 '12年11月に、習近平が中国共産党トップの総書記に就任した時、共産党には「3つの派閥」が存在した。
1].習仲勲元副首相の息子である習近平を代表とする「太子党」(革命元老の子弟)、
2].「上海閥」と呼ばれた江沢民派、
3].そして胡錦濤前主席や李克強首相率いる、共産党の青年団体である共産主義青年団出身の「団派」だ。

 習近平主席と、やはり姚依林元副首相の娘婿で「太子党」の王岐山書記のコンビは、この3年余り、「腐敗撲滅」の御旗を掲げて、江沢民派の幹部を次々と失脚させてきた。
 これは、江派が国有企業を中心とする各種大型利権を握っていたことと、すでに80代後半の江沢民元主席を始め、衰えが顕著だったためだ。

 いまや江沢民派は、相当なダメージを負った。
 そのため習近平・王岐山執行部は、来年の党大会に向けて、「団派」にも標的を広げた。
 「団派」の現役トップは、共産党序列2位の李克強首相、そして第2グループに12位の李源潮副主席がいる。

 習近平主席が「団派」に対して「宣戦布告」したのは、春節(旧正月)明けの2月22日に開いた党中央政治局(トップ25)会議だった。
 中国経済が悪化の一途を辿っていることにかこつけて、「経済をうまくやらない幹部は、その地位にかかわらず責任を取ってもらう」と強弁したのだ。
 これが、横に座った李克強首相に向けた発言であることは、一目瞭然だった。
 ここから、個人崇拝化を推進しようとする習近平執行部と、阻止しようとする「団派」との権力闘争が激化していった。

 李克強首相の年に一度の晴れ舞台と言えば、国会にあたる全国人民代表大会の開幕日にあたる3月5日に、国務院総理として2時間近く演説する「政府活動報告」だ。
 ところが今年は、李克強首相が作成した演説草稿に、習近平主席が何と3回も、ダメ出しした。
 そのため最終的な「政府活動報告」は、李首相らしい大胆な経済改革色は薄れ、「習近平思想」が随所に盛り込まれた。

■江沢民はいまだ死なず

 すっかり意欲が失せた李克強首相は、何度も草稿を読み間違え、顔が汗だくになった。あげくに決定的なミスを犯した。
 「鄧小平の一連の重要講話の精神を深く貫徹する!」
 李首相は力強く述べたが、原稿では、「鄧小平」ではなく「習近平総書記」となっていた。

 習近平主席を始めとする「太子党」が、「建国の父」毛沢東元主席を尊敬しているのと同様、
 李克強首相ら「団派」は、「改革開放の父」鄧小平元軍事委主席を尊敬している。
 そして毛沢東や、その後継者を気取っている習近平のことは心中、快く思っていない。
 こうしたホンネが、ポロリと露呈してしまったのだ。

 この時、壇上に座っていた習近平主席は、苦虫を噛み潰したような顔に変わった。
 実際、李克強首相が演説を終えると、習近平主席は、恒例となっている首相との握手もせず、李首相を完全無視して、スタスタと壇上から立ち去ってしまった。

 5月9日、習近平主席は反撃に出た。
 共産党中央機関紙『人民日報』に、異例とも言える李克強首相率いる国務院の経済政策を否定するかのような長文の記事を掲載させたのだ。
 26日にも同紙に、マルクス主義政治経済学の称賛記事を出させた。
 習主席は5月17日には、哲学社会科学活動座談会を開催し、20日には中央全面深化改革指導小グループ会議を招集。
 それぞれ毛沢東思想と社会主義の価値観を強調し、「団派」の「二人の李」を牽制したのだった。

 李源潮副主席は、先代の胡錦濤時代に党中央組織部長(人事部長)を務め、習近平執行部には一貫して距離を置いてきた。
 大の親日派としても知られ、5月5日には、訪中した高村正彦自民党副総裁ら日中友好議員連盟訪中団と会見している。
 だが、北京でにわかに李源潮失脚説が流れ始めたことで、本人はこの噂を払拭しようと、積極的に自己弁護を始めた。

 6月1日の「子供の日」に開かれた児童文学作品販売拡大座談会に、なぜか国家副主席が参加し、習近平主席の重要講話の偉大さを強調。
 8日には、ケニアのアミーナ外相と会見し、やはり習近平主席が進めるアフリカ重視策を宣伝したのだった。

 ただ、習近平・王岐山が首を取ろうとしているのは李源潮ではないという見方もある。
 元数学教師の李源潮はさしたる利権を持っておらず、習・王ラインが狙うのは、いまだ利権を手放さず、密かに習近平体制転覆を狙う江沢民派の子弟グループだというのだ。
 たしかに子弟グループは、上海と江蘇省を拠点にしており、説得力がある。

 ともあれ次の中国政治のヤマ場は、引退した長老たちも加わって共産党の方針を決める8月初旬の「北戴河会議」だ。
 習近平主席は昨夏、江沢民派による自身への包囲網を察知し、この会議を直前に中止しており、今年も開かない可能性がある。

 来秋の党大会まで、習近平派vs.「団派」、江沢民派の、一時も息が抜けない権力闘争は続く。





【2016 異態の国家:明日への展望】


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