『
ロイター 2016年 06月 5日 10:39 JST Edward Chancellor
http://jp.reuters.com/article/global-cenbank-breakingviews-idJPKCN0YP102?sp=true
コラム:ヘリコプターマネーが招く「金融大混乱」
[ロンドン 1日 ロイター BREAKINGVIEWS] -
量的緩和と超低金利は、今もまだ当初の約束を果たせていない。
マイナス金利の効果は、さらに期待外れで終わっている。
先進国の経済成長はあいかわらずパッとせず、各国中央銀行の当局者は、しつこいデフレに頭を抱えている。
こうした状況下、金融実験室が生み出す次の作品が、いわゆる「ヘリコプターマネー」であっても不思議はない。
空から大量の現金をばらまくことで経済の問題を解消するかどうかはさておき、
★.想定される結果の1つは、金融資産の大量破壊である。
それを思えば、これほど多くの投資家があのような政策を激賞しているのは驚きと呼ぶほかない。
中銀当局者(そしてその一挙手一投足を執拗に追いかける投資家)たちの見える範囲では、自らが繰り出す金融政策の実験結果を予想することはできないことは、今や当たり前となっている。
グローバル金融危機以降、金融当局が証券を買い入れ、ゼロ金利政策を導入したことで、富の格差拡大や、年金の支払い不履行、生産性の低下、デフレなど、予期せぬ多くの影響が生じた。
何よりも、欧州と日本が導入したマイナス金利は、意図していた効果とは真逆となる
★.現金資金の退蔵を促し、同時に市中銀行の貸出意欲を減退させてしまっている。
他のすべての政策がうまく行っていないように見えるだけに、「ヘリコプターマネー」というアイデアは支持を集めている。
これは1969年に経済学者ミルトン・フリードマンが生み出した用語で、
★.実質的に国民に直接現金をばらまくことにより、
インフレと経済生産を加速させるというアイデア
を指している。
複数の投資家が、このアイデアを支持する意見を表明している。
かつて「債券王」の異名を取った、資産運用会社ジャナス・キャピタル・グループのビル・グロス氏は、最新の月報で、ヘリコプターマネーの近日実施に楽観的な態度を見せている。
「ヘリコプターマネーは乱暴な終わりを迎えるだろうが、だがそれをやらなければ緊縮というリハビリがすぐに到来し、長期リセッションに突入するだろう」。
13億ドル規模の「ジャナス・グローバル・アンコンストレインド・ボンド・ファンド」を運用するグロス氏は先月、こう書いている。
「政府と中央銀行は、死ぬくらいなら飛んでみる方を選ぶのではないかと思う」
だが、グロス氏をはじめ、中央銀行の実験的手段として最後に残された「ヘリコプターマネー」を主張する人々は、この革新的な政策が金融市場にもたらす潜在的な悪影響について十分に考え抜く必要がある。
「ヘリコプターマネー」に熱を上げる人には、いくつかの思い込みが見られる。
★.第1に、この作戦が行われる経済には、余剰生産能力がたっぷりあるものと想定されている。
★.第2に、現金のばらまきによって生み出されたインフレが制御不能になることはないと想定されている。
★.第3に、どこからともなく現金を生み出すことで逆に経済的に苦しくなる人々はいないものと考えられている。
つまり、ヘリコプターマネーはコストのかからない、いわゆる「フリー(無料)ランチ」だと思われているのである。
GAM(ロンドン)でストラテジストを務めるマイケル・ビッグス氏がこの政策を主張する最近の記事タイトル「ヘリコプターからマナが降る」で示唆したように、神からの授かり物なのである。
だが、こうした想定は疑わしい。
まず、ある経済の余剰生産能力をリアルタイムで正確に測定することは難しいことで有名である。
近年の先進国経済が伸び悩んでいるからといって、活用されていない資源が大量にあるとは限らない。
むしろ、金融緩和時期に資本配分が適切ではなかったこと、また先進国市場において低調な投資水準が維持されたことで、潜在的成長率が低下した兆候かもしれない。
従来の通念が米国など先進国における余剰生産能力を過大評価しているとすれば、
★.いくら多量の現金を投下しても、短期的にはそれほど成長を刺激しないだろう。
こうした状況では、ヘリコプターマネーは予想されるよりも大きな価格上昇を引き起こす結果となろう。
インフレが実現するとして、なぜそれが中央銀行の目標である2%付近で推移するはずだと言えるのか、その理由ははっきりしない。
要するに、
★.ヘリコプターマネーが中央銀行にとって最大の悪夢、
つまりインフレ期待に「歯止めがきかない」事態となっても不思議はないのだ。
ヘリコプターマネーの支持者が約束する「ランチ無料券」にも疑問がある。
資本主義のシステムは、膨大で複雑な、相互に関連するバランスシート網で構成されている。
その名前が示すように、バランスシートは「収支が合う」ことを想定している。
ヘリコプターマネー主義者は、中銀はこの原則の例外だと主張する。
何しろ、米連邦準備理事会(FRB)など各国中銀は、紙幣を印刷して負債を返済することができるのだ。
こうした考え方で行けば、会計上、中銀が債務超過に陥っているとしても何の問題はない。
これでは何だか話がうますぎるように聞こえる。
なぜなら、そのとおりなのだ。
ヘリコプターマネー実施後、中銀のバランスシートが
「バランス」しない場合、その損失は誰かに転嫁されなければならない。
唯一の問題は、それが誰かということだ。
最初に犠牲になるのは資金の保有者、つまり銀行の預金者である。
パイ・エコノミクスのティム・リー氏が書いているように、ヘリコプターマネーは
「純粋なインフレを意味している。
それは単なる貨幣価値の破壊である」
もう1つの潜在的な犠牲者は銀行である。
銀行は、中銀がゼロ金利しか支払わないとする準備預金の維持を義務づけられているからだ。
さらに、もっと心配なのはインフレ期待の上昇が債券市場に与える潜在的な影響である。
近年、短期金利がゼロ近くまで低下する状況に対して、投資家はより償還期間の長い、高利回りの債券を購入することで対応してきた。
デュレーションのエクスポージャーが増大しているため、長期金利が比較的小幅に上昇するだけでも、巨額のポートフォリオ損失につながる可能性が生まれている。
さらに、ブリッジウォーター・アソシエイツなどのヘッジファンドが推進している、人気の「リスク・パリティ」戦略によって、多くの機関投資家が債券市場でレバレッジ・ポジションをとっている
これによって長期金利が予想外に上昇した場合の投資損失の見込みが膨れあがっている。
債券市場が総崩れになる可能性は、投資銀行が伝統的なマーケットメイクの役割からの撤退を進めているという事実によって、さらに増大している。
流動性が枯渇するなかで、債券市場はますます不安定になっている。
ヘリコプターマネーの投下後に長期金利が急上昇すれば、低金利時代に市場価格が上昇した資産、つまり株式、不動産、ジャンク債や新興市場債などさまざまな「キャリートレード」対象の商品のほぼすべてが潜在的リスクに晒される。
インフレ率の回復と金利上昇は、先進国の硬直化した経済にとって、何らかの長期的な利益をもたらす可能性は十分にある。
インフレ率の上昇は、多年にわたって積み上がってきた過剰債務の負担を軽減してくれるだろう。
資産価格の崩壊は、かつてないほどの資産格差の拡大傾向を急激に反転させる。
住宅価格はもっと手頃になる。
金利上昇によって年金基金の支払い能力は改善され、保険会社の苦境も緩和される。
長期的には、金利上昇は資本の配分を改善し、生産性と所得の成長を加速させる可能性さえある。
だが、理論上は経済的メリットがあるにもかかわらず、ヘリコプターマネーの実施は金融市場の大混乱を招く可能性がある。
この政策を推奨している投資家は、自分たちが公共サービスに携わっていると思っているのかもしれない。
だが、投資家の仕事は投資リターンを確保することだ。
中銀の「ヘリコプター」部隊が離陸する姿勢を見せているなかで、その仕事はひどく難しくなろうとしている。
*筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
』
『
朝日新聞デジタル 2016年6月6日10時01分
http://www.asahi.com/articles/ASJ660FMSJ65UHBI01G.html
スイスで5日、国民に一定額の現金を無条件に給付する「ベーシック・インカム」制度の導入の是非を問う国民投票が行われ、
賛成23・1%、反対76・9%
で否決された。
投票率は46・3%だった。
導入推進派は最低限必要な署名10万筆を超える署名を集め国民投票にこぎつけた。
推進派は「貧困撲滅」などを訴え、最低限の生活を維持するための金額として、成人に対して2500スイスフラン(約27万円)、未成年に625スイスフラン(約6万8千円)を毎月支払うことを提案した。
一方、連邦政府は「年間2080億スイスフラン(約22兆7千億円)超」の巨額の費用と、スイスの経済競争力を低下を懸念し、反対の立場を表明
推進派は、財源について、現行の社会福祉制度の切り替えなどで可能だと主張したが、支持は広がらなかった。
』
これってヘリコプターマネーになるのでは?
『
ダイヤモンドオンライン 2016年6月8日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]
http://diamond.jp/articles/-/92655
ベーシックインカムという優れた制度が日本で実現しない訳
■海外での意外な関心の高まり
スイスで6月5日に行われた国民投票で、ベーシックインカム(最低限所得保障)の導入が反対多数(約78%)で否決されたという。
予見性の高い安心なセーフティーネットとしてベーシックインカムという制度はじつに優れている
今まで何度か本欄のコラムにも書いたように、筆者は、ベーシックインカムという制度に賛成だ。
賛成理由は、ベーシックインカムが、
★.予見性の高い安心なセーフティーネットであること、
★.行政の裁量を減らして効率を高めるシンプルな仕組みであること、
★.受給が恥ずかしくない再分配であること、
★.ミスや漏れが起こりにくい公平な仕組みであること、
など多数ある(もっとある!)。
しかし、例えば
「日本で今世紀の前半中に、ベーシックインカムは実現するか?」
と問われたら、
「そうなればいいとは思うが、予想としては、そうならない方に賭ける」
と答えるだろう。
もっとも何十年も先の社会のあり方を予想できる確たる根拠がある訳ではない。
先の答えは、筆者が単に悲観的な性格であることを意味するだけなのかもしれない。
スイスの国民投票以外にも、フィンランド、オランダ、カナダなどで、ベーシックインカムについて、実験を伴う研究が行われるなど、ベーシックインカムに対する関心は、筆者が予想した以上に世界的に高まっている。
ベーシックインカムを実現する上手いやり方はないか、日本でも研究してみたいところである。
■スイスの反対理由
そのためには、まず、スイスの反対派の意見が参考になる。
まず、
(1):政府は財源不足を主な反対理由に挙げた。次に、
(2):経済界は勤労意欲が失われる懸念を挙げた。そして、
(3):労働組合は想定する支給額では収入が減る年金受給者がいることを理由に反対した
という。
いずれも、なるほどという理由ではある。
スイスで検討されたベーシックインカムでは、実施の場合、金額は改めて検討されることになっていたが、
★.賛成派は大人に対して毎月2500スイスフラン(日本円で27万5000円)の支給を提案していたという。
ちなみに、子どもは大人の4分の1の625スイスフランだという。
まず、この金額の水準はどうだったのか。
賛成派は、付加価値税の引き上げか、金融取引税の導入で財源は補えると、十分な実現性があることを主張したようだ。
ベーシックインカムの背景にある思想の中には、「尊厳ある生活の権利」といった理想が含まれているし、また制度を魅力的なものに見せるためには、ぎりぎり暮らせるという以上の水準を提示することが必要だったのかもしれないが、追加の財源が必要だということは、月2500フランというのは金額として大きすぎたのではないだろうか。
参考までに言うと、報道によればスイスでは食品スーパーの初任給が4000フランくらいだという。
もう一点、スイスの今回の検討の詳細が分からないので確たることは言えないのだが、ベーシックインカムが国民全員に支給されるのだから、個々の国民は概ね現在よりも大きな税金の負担能力を持つことになる。
個々の国民の状況によって差し引き計算が異なるが、この辺りの事情が上手く伝わっていなかったのかもしれない。
ただし、ベーシックインカムには「既存の社会保障のより効率的な置き換え」という建前もあるのだから、追加的な財源を要さない支給水準も問うてみるべきではなかったか。
■損する人の抵抗は必至
時間をかけた移行計画が必要
ベーシックインカムが日本で実現しにくいと筆者が思う理由は、既得権者の反対と、官僚の抵抗の2つだ。
官僚の抵抗については後で考えるとして、スイスの労働組合が反対したように、制度の変化によって経済的に損をする人の抵抗は、得をする人の推進力を上回ると予想される。
例えば、現在、「10」のメリットを得ている人のメリットが、制度変化によって、半分の人では「12」に増えて、残り半分の人では「8」に減るとしよう。
個人が均質であるとするなら、行動経済学でいうプロスペクト理論(2002年にノーベル経済学賞を取ったダニエル・カーネマンが考案した意思決定のモデル)によると、人は参照点(この場合、現状で得ているメリットの状態でいいだろう)からのプラスの変化に対してよりも、マイナスの変化に対して2倍以上の心理的インパクトを感じるという。
トータルではプラスマイナスゼロなのだが、心理的には12と−16でマイナスの変化に対するインパクトのほうが上回り、集団としても、得よりも損に強く反応するはずだ。
良くも悪くも、「損得半々」では、世の中は動きにくい仕組みになっているのだ。
その故に世の中が安定していいのかもしれないし、世の中がいい方向に変わりにくいのかもしれない。
筆者の思うに、既存の社会保障システムからベーシックインカムに移行するためには、どんなに短くても10年、現実的には20年くらい、移行プロセスに時間をかける必要があるのではないだろうか。
20年かける場合は、1年目にベーシックインカムを予定額の5%、既存の社会保障給付を95%、2年目にはベーシックインカムを10%で既存の給付を90%、といった調子で徐々に移行する要領だ。
こうした移行をスムーズにするためには、個人について全ての社会保障関連データが把握できていることが必要だし、社会保障の仕組みも簡素化されている必要がある。
マイナンバーの活用がもちろん必要だろうし、ベーシックインカム導入以前に、既存の社会保障の仕組みを徹底的に簡素化する段階が必要なのではないだろうか。
もちろん、スイス人であれ、日本人であれ、ベーシックインカムを導入するとなれば、現実的な移行プロセスを真剣に考えなければならない。
個人個人の生活に大きく影響する問題なので、それなりの激変緩和措置が必要だ。
この場合も、一方で減る給付があっても、他方で増える給付があり、変化はその差し引きによってゆっくり行われることの説明が要る。
ただし、現実の変化に時間をかけることには、たとえば小泉内閣の郵政民営化が時間をかけたこと(と細部を官僚に任せたこと)で中途半端なものになったように、あるいは民主党政権の子ども手当が官僚に巧みに潰されたように、ベーシックインカムへの制度移行が途中で不完全なものに終わるリスクを伴う。
また、税制も含めて、各種の再分配を伴う制度は、そこに関わる人々の仕事を作り出す必要性のためか、年を追うごとに複雑化する傾向がある。
これに歯止めをかけることがまずは重要なのだが、それを実現することは、政治的にも、行政的にも、大変困難が大きい。
■類似の制度で着々と進める
さて、スイスの国民投票でも、ベーシックインカムの長所として、行政の効率化が訴えられていたが、問題は効率化される側の抵抗だ。
例えば、年金がベーシックインカムに置き換わると、年金に関連する役所や役所の外郭団体の人員は、大いに削減可能だ。
しかし、そこで不要とされた人が、潔く引退して、ベーシックインカムをもらうことで満足する、というようなことは考えにくい。
権限やOBの就職先が減ることに対して、直接・間接両方の方法で陰に陽に抵抗するだろう。
このときの抵抗する側の真剣さと、そもそも日本の社会システムの枢要な部分が政治家やビジネスマンによってではなく、官僚によって動かされていることを思うと、ベーシックインカムが短期間で実現に向けて動き出すとは想像しにくい。
そのためには、現行の社会保障関連の仕組みと行政システムを徐々に簡素化して、少しずつ「ベーシックインカム的」な仕組みや仕事のやり方を増やしていく方法がいいのではないだろうか。
ベーシックインカム的とは、
(1):行政の裁量ではなくルールに基づいて給付が決まる、
(2):基本的に使途が自由な給付金による再分配、
(3):制度として簡素・効率的になる、制度の導入または制度変更を指すことにしよう。
当面期待できるのは、マイナンバーを活用した給付付き税額控除(いわゆる「負の所得税」)だ。
この制度は、税率をフラットにして、所得捕捉が完璧であれば、ベーシックインカムとの「類似度」は大変高く、「実質的に同じ」と評価してもいい仕組みだ。
同時に、生活保護などの制度の簡素化を進め、給付開始年齢の引き上げなどによる公的年金の縮小を組み合わせると、ベーシックインカム的な世界に徐々に近づいていく。
行政の権限も人員も、減らす方向の変化は容易ではないように思われるが、外国でベーシックインカムへの関心が高まる中、日本にも「ベーシックインカム的価値観」の浸透を期待したい。
』
この筆者とは逆に、なんだか実にくだらない制度のように思えてならない。
つまり、働かなくてもお金をあげますよ、ということのように映ってならないのだが。
やはりヘリコプターマネーに近い。
成長経済学の究極の目標はヘリコプターマネー、なのかもしれない。
『
JB Press 2016.6.10(金) 池田 信夫
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47067?page=3
ヘリコプターマネーの先には地獄が待っている
「GDP600兆円」で始まる高橋財政の悲劇
日本は1930年代に似てきた──といっても「戦争法で日本が戦争に巻き込まれる」という類の話ではない。
安倍首相が消費税の10%への増税を「新しい判断」で再延期し、「GDP600兆円」をめざす大幅な赤字財政を決めたからだ。
これは30年代の「高橋財政」の運命とよく似ている。高橋是清蔵相は国債の日銀引き受けで赤字財政を可能にし、大恐慌で疲弊していた日本経済を回復させた。
しかし軍部は際限なく国債増発を求め、それを拒否した高橋は暗殺された。
■メガバンクが国債の買い手から売り手に回った
今週、1つのニュースが金融村を騒がせた。
三菱東京UFJ銀行が国債入札のプライマリーディーラー(PD)の資格を返上するというのだ。
PDは財務省との懇談会に参加できるなどの特典がある一方、発行額の4%以上の応札を義務づけられる。
しかし日銀のマイナス金利で国債の利回りがマイナスになったため、この義務が重荷になったのだという。
これ自体は大した事件ではなく、PDを降りても国債は買えるが、メガバンクの最大手が
「もう国債を買いたくない」
という意思表示をした意味は小さくない。
「日本の国債の90%以上は日本の金融機関が保有しているから大丈夫だ」
という向きがあるが、邦銀は愛国心で日本国債を保有しているわけではない。
企業の資金需要がないため、やむなく国債で運用しているのだ。
その金利がマイナスになっても買うことは、株主に説明がつかない。
メガバンクは国債保有高を減らし、日本郵政も国債を売って外債を買うようになったが、心配は無用だ。
彼らの売る国債を日銀がすべて買えば、政府は国債をいくらでも発行できる。
このように中央銀行が国債を引き受けて財政資金を供給することを財政ファイナンスと呼ぶ。
高橋是清は1932年に蔵相に就任してから、金解禁でデフレに陥った日本経済を建て直すために金輸出を再び禁止し、農村救済事業を行なって歳出を32%増やした。
このため国債の発行が増え、それを消化するために日銀に引き受けさせた。
■財政規律はいったん破ると取り戻せない
実は、これが30年代に日本のとった政策なのだ。
景気が回復すると高橋は緊縮財政にしようとしたが、陸軍は「国債は国民の債務なると共にその債権なるを以て何ら恐るるに足らず」と、これに反対した(今でもどこかで聞く話だ)。
高橋は「ただ国防のみに専念して悪性インフレを惹き起こし、その信用を破壊するごときことがあっては、国防も決して安固とはなりえない」」と軍部に反論した(松元崇『恐慌に立ち向かった男 高橋是清』)。
結果的には、1936年度予算は22億円のうち11億円が軍事費という異常な構成になったが、これでも陸海軍の予算要求を下回り、これに怒った青年将校が高橋を暗殺した。
この結果、国債の日銀引き受けは歯止めを失い、日本は戦時体制に突入する。
軍事費はまさにヘリコプターマネーであり、ナチス・ドイツで一時的に景気がよくなったのもこれが原因だった。
しかし日銀引き受けという「打ち出の小槌」があると分かると、軍部は際限なく軍事費を増やし、戦時国債の発行は爆発的に増えた。
こうして財政が破綻して通貨への信認が失われると、激しいインフレが起こる。
戦時中は物価統制令で価格が凍結されたが、敗戦でハイパーインフレが起こり、物価は300倍になった。
高橋財政の教訓は、いったん財政規律を破ると取り返しがつかないということだ。
ターナーもそのリスクは認識しており、インフレ目標で歯止めをかけるべきだという。
しかし日銀は政府支出をコントロールできないので、財政が破綻したらインフレ目標は役に立たない。
この批判はターナーも認め、政府が際限なく財政支出を拡大しないように制限するルールをつくる必要があるというが、どんなルールをつくっても首相が「新しい判断」で破ることができるので意味がない。
今回は野党まで増税延期法案を出して政府に「翼賛」し、与野党を挙げて放漫財政への道を走り始めた。
その意味で今回の増税再延期は、二・二六事件のような歴史の分かれ目になるかもしれない。
』
JB Press 2016.6.10(金) 池田 信夫
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47067?page=3
ヘリコプターマネーの先には地獄が待っている
「GDP600兆円」で始まる高橋財政の悲劇
日本は1930年代に似てきた──といっても「戦争法で日本が戦争に巻き込まれる」という類の話ではない。
安倍首相が消費税の10%への増税を「新しい判断」で再延期し、「GDP600兆円」をめざす大幅な赤字財政を決めたからだ。
これは30年代の「高橋財政」の運命とよく似ている。高橋是清蔵相は国債の日銀引き受けで赤字財政を可能にし、大恐慌で疲弊していた日本経済を回復させた。
しかし軍部は際限なく国債増発を求め、それを拒否した高橋は暗殺された。
■メガバンクが国債の買い手から売り手に回った
今週、1つのニュースが金融村を騒がせた。
三菱東京UFJ銀行が国債入札のプライマリーディーラー(PD)の資格を返上するというのだ。
PDは財務省との懇談会に参加できるなどの特典がある一方、発行額の4%以上の応札を義務づけられる。
しかし日銀のマイナス金利で国債の利回りがマイナスになったため、この義務が重荷になったのだという。
これ自体は大した事件ではなく、PDを降りても国債は買えるが、メガバンクの最大手が
「もう国債を買いたくない」
という意思表示をした意味は小さくない。
「日本の国債の90%以上は日本の金融機関が保有しているから大丈夫だ」
という向きがあるが、邦銀は愛国心で日本国債を保有しているわけではない。
企業の資金需要がないため、やむなく国債で運用しているのだ。
その金利がマイナスになっても買うことは、株主に説明がつかない。
メガバンクは国債保有高を減らし、日本郵政も国債を売って外債を買うようになったが、心配は無用だ。
彼らの売る国債を日銀がすべて買えば、政府は国債をいくらでも発行できる。
このように中央銀行が国債を引き受けて財政資金を供給することを財政ファイナンスと呼ぶ。
高橋是清は1932年に蔵相に就任してから、金解禁でデフレに陥った日本経済を建て直すために金輸出を再び禁止し、農村救済事業を行なって歳出を32%増やした。
このため国債の発行が増え、それを消化するために日銀に引き受けさせた。
■財政規律はいったん破ると取り戻せない
実は、これが30年代に日本のとった政策なのだ。
景気が回復すると高橋は緊縮財政にしようとしたが、陸軍は「国債は国民の債務なると共にその債権なるを以て何ら恐るるに足らず」と、これに反対した(今でもどこかで聞く話だ)。
高橋は「ただ国防のみに専念して悪性インフレを惹き起こし、その信用を破壊するごときことがあっては、国防も決して安固とはなりえない」」と軍部に反論した(松元崇『恐慌に立ち向かった男 高橋是清』)。
結果的には、1936年度予算は22億円のうち11億円が軍事費という異常な構成になったが、これでも陸海軍の予算要求を下回り、これに怒った青年将校が高橋を暗殺した。
この結果、国債の日銀引き受けは歯止めを失い、日本は戦時体制に突入する。
軍事費はまさにヘリコプターマネーであり、ナチス・ドイツで一時的に景気がよくなったのもこれが原因だった。
しかし日銀引き受けという「打ち出の小槌」があると分かると、軍部は際限なく軍事費を増やし、戦時国債の発行は爆発的に増えた。
こうして財政が破綻して通貨への信認が失われると、激しいインフレが起こる。
戦時中は物価統制令で価格が凍結されたが、敗戦でハイパーインフレが起こり、物価は300倍になった。
高橋財政の教訓は、いったん財政規律を破ると取り返しがつかないということだ。
ターナーもそのリスクは認識しており、インフレ目標で歯止めをかけるべきだという。
しかし日銀は政府支出をコントロールできないので、財政が破綻したらインフレ目標は役に立たない。
この批判はターナーも認め、政府が際限なく財政支出を拡大しないように制限するルールをつくる必要があるというが、どんなルールをつくっても首相が「新しい判断」で破ることができるので意味がない。
今回は野党まで増税延期法案を出して政府に「翼賛」し、与野党を挙げて放漫財政への道を走り始めた。
その意味で今回の増税再延期は、二・二六事件のような歴史の分かれ目になるかもしれない。
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【2016 異態の国家:明日への展望】
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