2016年3月15日火曜日

共産党の優位性を保ち続けながら、 中国は構造改革に踏み切れるのか :

_


ダイヤモンドオンライン 2016年3月15日 加藤嘉一,小原雅博
http://diamond.jp/articles/-/87866

「中国夢」に見え隠れする習近平のジレンマ
——東京大学法学部大学院教授・小原雅博×加藤嘉一

 いまや世界第二位の経済大国に成長し、米国と覇権を争う存在となった中華人民共和国。
 その頂点に君臨する人物こそ、現国家主席の習近平である。
 習近平は中国をいかに先導しようとしているのか。
 在シドニー総領事、在上海総領事などを歴任し、現在は東京大学法学部大学院教授を務める小原雅博氏と加藤嘉一氏の対話を通じて、超大国・中国の実情に迫る。
 対談は全3回。

小原雅博(こはら・まさひろ)
東京大学法学部大学院教授
東京大学卒業、カリフォルニア州立大学バークレー校修了(アジア学、修士)、立命館大学より博士号(国際関係学)。外務公務員上級試験合格後、1980年に外務省に入省し、国際連合日本政府代表部参事官、アジア局地域政策課長、経済協力局無償資金協力課長、アジア大洋州局審議官、在シドニー総領事、在上海総領事などを歴任。著書に、『東アジア共同体』『国益と外交』(以上、日本経済新聞社)、『「境界国家」論』(時事通信出版局)、『チャイナ・ジレンマ』(ディスカバー・トゥエンティワン)など多数。

加藤嘉一 (かとう・よしかず)
1984年生まれ。静岡県函南町出身。山梨学院大学附属高等学校卒業後、2003年、北京大学へ留学。同大学国際関係学院大学院修士課程修了。北京大学研究員、復旦大学新聞学院講座学者、慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)を経て、2012年8月に渡米。ハーバード大学フェロー(2012~2014年)、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院客員研究員(2014〜2015年)を務めたのち、現在は北京を拠点に研究・発信を続ける。米『ニューヨーク・タイムズ』中国語版コラムニスト。日本語での単著に、『中国民主化研究』『われ日本海の橋とならん』(以上、ダイヤモンド社)、『たった独りの外交録』(晶文社)、『脱・中国論』(日経BP社)などがある。

■中国だけにいても中国はわからない

加藤嘉一(以下、加藤):
  長く中国を中心としたアジア太平洋外交に従事されていた小原さんは、在シドニー総領事、在上海総領事を経て、現在は東京大学で教鞭を採られています。
 外交官から研究者への転身ですね。
 ご著書『日本走向何方(日本はどこに向かうのか)』の中国語訳を担当させていただいた頃から、小原さんがアカデミズムを重視され、それに対するこだわりも肌で感じていたので、私自身にはそこまで大きなサプライズはありませんでした。
 どのような経緯で現在に至り、就任されたときはどんな心境だったのでしょうか?

小原雅博(以下、小原):
 東大法学部からお話をいただいたときは、青天の霹靂でした。
 退職後に学問の道に入れればいいな、との漠然とした希望は頭の片隅にありましたが、外務省を辞めてまでの転身は考えていませんでしたから。
 ずいぶん迷いましたが、東大の熱意と、ある方から頂いた福沢諭吉の「一身二生」という言葉に押されて、昨年秋に東大に移って来ました。

 国際問題には誰もが納得する答えはありません。
 「reasonable」で「workable」な解を求めて、歴史や文化や言葉を学び、社会の奥深く分け入って体験し、専門家の先行研究に目を通して、思索を深めていく。
 そんな努力の先に出口が見えてくるのだと思っています。
 東大での最初の学期は、30人のゼミ生を持ち、さまざまな国際問題を取り上げて議論しましたが、学生たちの問題意識は高く、私自身が多くのことを学びました。
 実務と理論の統合という目標はまだ遠くの彼方にありますが、毎日勉強できる喜びが私を支えてくれています。

 私の研究室には、中国の書道家に書いていただいた「人間万事塞翁失馬」という書画が掛かっています。
 そんな心境で、淡々と真理を追究して行ければいいなと思います。

 加藤さんも中国を離れてからいろいろあったでしょう?

加藤:
 はい。
 2012年7月に一旦中国を離れて米国で研究を続けていましたが、いまは米国に行って本当によかったと思っています。
 ハーバード大学ではエズラ・ヴォーゲル先生をはじめ、さまざまな先生と会えましたし、中国研究の先輩方がどのように東アジア見ているのかを学べました。
 また、米国という社会やそこにおける価値観や制度を理解するきっかけにもなりました。
 米国で生活し、米国で議論してきた日本人という立場で、これから中国に対して発信していくことは意味があると思っています。

 いまはふたたび中国に戻って生活していますが、胡錦濤政権から習近平政権に代わり、言論をはじめとするさまざまな統制が強まっている印象はあります。
 いまの環境で、どのようなスタンスと距離感で中国と付き合っていくかに関して、唯一無二の回答などないと実感しています。
 ただいずれにせよ、中国と長く付き合っていくうえで、米国での経験が有意義だったと自分の中で証明できるように、と考えています。

小原:
  加藤さんは中国で活躍されていた頃から、中国を理解するためには米国を理解する必要もある、とおっしゃっていたことを印象深く覚えていますよ。
 日本には中国専門家がたくさんいますし、その水準は世界でもトップクラスだと思います。
 欠けている点があるとすれば、中国はしっかり観察している反面、世界の動きまで観察するという域には達していない点でしょうか。

 中国はいまや、世界第二の経済大国として大変な影響力を持つようになりました。
 それは、上海で多くの中国人ビジネスマンと付き合って体感しました。
 IMF(国際通貨基金)など既存の国際システムにおける地位もそうですが、AIIB(アジアインフラ投資銀行)の創設に見られるように、中国自身が新たな国際経済秩序の形成に向けて動き出しています。
 そうした動きは、国際政治の分野でも見られます。
 そこには、大復興する中国と世界との間での相互作用、綱引きという側面があり、それがこれからの中国の行方、世界の秩序を考えるうえで非常に重要になってくるということです。

 その意味で、中国を語るプロは、中国という巨像を様々な視点から観察するだけでなく、同時に世界の動きにも目を配り、たとえば米国の対中政策や留学生を含めた華人の動向などについても勉強する必要があるでしょう。
 そうしたプロがいま求められています。その意味で、加藤さんが米国に行かれたことはよかったと思いますね。

加藤:
  おっしゃる通り、中国に対して多角的なアプローチがなければ、あの国の台頭がもたらすインパクトを説明しきれないと思います。
 また、日本は中国研究に関して世界トップクラスであることも賛成です。
 私は米国でそれを感じました。あとは、その潜在力をいかに発信につなげていくかではないでしょうか。
 米国を中心とした国際社会、そして激動の転換期にある中国社会への発信という意味において、ですね。

■習近平の「中国夢」は何を意味するのか

小原:
  その中国の行方ですが、習近平さんは中国の最高指導者となって「中国の夢」というスローガンを打ち出しましたね。
 前任の胡錦涛さんは「科学的発展観」、その前の江沢民さんは「3つの代表」を掲げました。
 しかし、「中国の夢」は、それらと比べても中身に乏しい。

  「中国の夢」が提起される前に、トム・フリードマンが『ニューヨーク・タイムズ』紙に「チャイナ・ドリーム」について書いています。
 その中で興味深いのは、14億近い中国人が米国人の「a big house」や「a big car」を夢として追いかけたら、もう一つ地球が必要になると指摘していることです。
 そこで問われているのは、
 中国の目覚ましい経済成長が世界経済の牽引車になっているとしても、
 その成長の仕方に地球は耐えられるのか、との疑問です。

 中国は「世界最大の途上国」の地位を強調しますが、「世界第二の経済大国」でもあります。
 自国の利益だけではなく世界の利益を考えて行動してもらわなくてはいけないし、また、それは中国が持続的成長を目指すうえでも必要だということてす。
 その点は、中国の指導者や知識層に説いていく必要があります。
 幸い、私は上海復旦大学でも講義を持つ予定ですし、制約はありますが、ネット社会の利点も活かして発信していければと考えています。

  「中国の夢」ですが、建国100周年に向けて、「中華民族の偉大なる復興」「国家の富強・民族の振興・国民の幸福」を実現することが夢であるとすれば、
 そこでは世界との関係において語られる夢が欠如しています。
 中国が過剰なナショナリズムや国益追求に突っ走れば、世界は不安定化し、地球は疲弊してしまいます。
 さまざまな形で世界に影響を与えるようになり、米国に「新型大国関係」を提唱するまでになった中国の指導層には、国際的な責任や役割を自覚しながら、国政や外交に向き合ってもらう必要があるのですが、その辺がどうももう一つ見えてきません。

加藤:
 私も中国夢と習近平政治の関係を観察してきましたが、2012年11月の中国共産党第18回全国代表大会で総書記に就任すると、すぐに中国夢を語っていますね。
 以降、習さんは定期的に、はっきりと宣言してきました。
 中国夢とは「中華民族の偉大なる復興である」と。

 そこには、2021年年と2049年という「二つの百年」目標があります。
 前者に関しては、2010年と比べて2020年の国内総生産と国民平均所得の双方を倍増させ、小康社会(少しゆとりのある社会)を実現すると言っています。
 その目標を達成したうえで、2021年という共産党設立100周年を迎えるということでしょう。
 池田勇人元首相の所得倍増計画を参考にしていると思われますが、具体的な目標だといえます。
 また後者については、前者より曖昧ですが、文明・富強・民主・和諧から成る社会主義現代化国家を、中華人民共和国設立100周年に当たる2049年に達成すると言っています。
 この二つの百年目標の先、あるいはその過程にあるのが中国の夢であり、中華民族の偉大なる復興である。
 私はそのように解釈しました。

 また、おそらく中国の夢にまつわるものだと思いますが、国家主席になった時に彼はこうも言っています。
 「中国の夢を実現するためには、中国の道を歩まなければならない」。
 小原さんもご著書『チャイナ・ジレンマ』に書かれていましたが、拒絶とまでは言わないまでも、これは西側の政治体制に対する相当なまでの警戒心ではないでしょうか。

小原:
 天安門事件もあって、一時期、中国共産党は「和平演変」を相当警戒しましたよね。
 現在でも、共産党一党支配だけは何があっても守り抜くというのが中国共産党の揺るがぬ不文律です。
 ちなみに小康社会にしろ、社会主義現代化国家にしろ、そうした目標は習近平さんの「中国夢」以前からあったもので、彼が語る夢の中身として新しいものが出てきたわけではありません。
 やはり、「中華民族の復興」といったナショナリズムを鼓舞する政治的スローガンの色彩が濃い。

加藤:
  「復興」と言うからには、どこかの時代に戻るということを意味するのでしょう。
 習近平さんは、西側諸国を含めた他国の政治状況よりむしろ、
 中国歴代皇帝が歴史上どのように栄え、どのように没落していったかをレビューしながら政治をマネジメントしている印象が強いです。
 小原さんは、中華民族の偉大なる復興について、どのような印象をお持ちですか?

小原:
「復興」と言うからには、何からの「復興」かという歴史に対する認識や感情が存在しています。
 それを一言で表現すれば、「近代の屈辱」です。
 「中華民族の偉大な復興」という言葉の背後には、アヘン戦争に象徴される、19世紀半ばから味わった屈辱の歴史があるのです。
 自分たちはその屈辱を拭い去り、その前の時代、すなわち世界の中心的文明として栄え、そして鄭和の艦隊が勇躍するような強国として聳え立つ、そんな燦然と輝く時代を中国共産党の下で切り開いていこうという中華的ナショナリズムが感じられます。

 長い歴史のほとんどにおいて、中国は偉大な文明国であり、世界に冠たる大国でもあったのに、なぜ近代において屈辱の歴史を味わったのか。
 それは力がなく、弱かったからだ。
 だから強くならなければならないという強国願望があり、それは「富強」という目標にも表れています。
 経済的に富み、軍事的に強くなることによって他国の侮りは受けないという思いは理解できないわけではありませんが、その思いが昂じると他国に不安や警戒心を呼び起こします

 いま、そうした「復興」は果たして国際社会にとって受け入れられるものなのかどうかという疑問が出てきているわけです。
 歴史的に中国のものだったとされるものは全部取り返すという話になると、国際秩序は壊れてしまいます。
 南シナ海の問題はその一つです。
 中国の「復興」によって、そうした矛盾や摩擦が噴き出てきているということではないでしょうか。

 中国は世界の平和と繁栄に貢献する偉大な国家を目指します、といくら口で言っても、現在のような「復興」の仕方ではあちこちで問題を引き起こしてしまいます。
 しかし、だからと言って、復興の足取りを弱めたり、遠慮したりするわけにもいかない。
 その辺が中国指導部にとって悩ましいところでしょう。
 なぜ悩ましいかというと、そこで起きる問題や衝突こそがナショナリズムをくすぐる部分だからです。
 そこでいい加減な態度を取ってしまうと国内的に持たないし、権力闘争で弱みを見せることになりますからね。
 外交部などはたちまちネットで「売国奴!」との集中砲火にさらされてしまいます。

 そうしたナショナリズムが中国共産党の正統性を支える一つの大きな要素であるとすれば、それをあまりに重視し、鼓舞してきた結果、そのうち自分で自分の首を絞めてしまいかねない、そんな危惧さえ感じてしまいます。

■共産党の正統性とナショナリズム

加藤:
  昨年、南シナ海で米中の緊張関係が表面化し始めた頃、人民解放軍のある軍人と話をする機会がありました。
 彼は「中国が南シナ海で強く出ざるを得ない国内的理由」として、
 「経済状況および経済環境の悪化と、国民の不安な心理」
を挙げていました。

 中国はいま、経済成長の鈍化や構造改革をめぐる不透明感など、さまざまな国内問題を抱えています。
 反腐敗闘争によって共産党の威信を回復しようと試み、多くの公費が削減された印象はありますが、昨年頃から、国民たちが
 「反腐敗で私たちの生活は豊かになったのか?」
という疑問を抱き始めているようです。
 このような状況下で「中国の夢」と言い放ったからには、共産党として対外的に強い姿勢を見せざるをえないのでしょう。
 その典型の一つが南シナ海なのかもしれません。

 国内情勢が不安定化するなかで、指導部がナショナリズムに依拠し、ときには煽り、外部に対して拡張的・膨張的な動きを見せていく。
 これは歴史上、多くの大国が歩んだ道です。
 そして、中国が共産党一党支配による社会主義国家であることも、国際社会において、中国に対する思考回路や行動原理に対する不信感あるいは不透明感につながっている印象があります。

 カギになるのはやはり、中国共産党の正統性という問題ではないでしょうか。
 ある中国人が言っていました。
 「独裁体制は非常に疲れるシステムだ。
  もうダメだと思っても指導者は辞任できない。

 政権に代わりがいないので瀬戸際で踏ん張るしかない」

 中国の正統性はどこまで維持できるのか。
 小原さんは、どうお考えですか?

小原:
  文革や天安門事件などを経験した中国共産党が何よりも重視するのは、「社会の安定」です。
 鄧小平が偉大な指導者とされているのは、いち早く改革・開放に転じ、イデオロギーではなく、経済成長によって中国共産党の正統性を維持することに努めたからです。
 それが正しかったことは、ソ連崩壊で証明されたわけですが、そんな中国も天安門事件で揺れました。
 鄧小平は、中国共産党による一党支配と社会の安定を維持するため、改革・開放を加速し、ナショナリズムに訴えたのです。
 そして、その後、中国は目覚ましい経済成長を成し遂げます。
 「発展は揺るがぬ道理」であり、「安定は揺るがぬ任務」であると言われる所以です。

 中国の発展に有利なことであれば、イデオロギー的にクエスチョン・マークが付こうが断固としてやる、という鄧小平のプラグマティズムがうまく働き、中国はここまで来たわけですね。
 その結果、5億人とも言われる中産階級が生まれ、貧困から脱した人たちが山ほどいます。
 これは人類史的にも大変な成功を収めたと言えるでしょう。
 そして、自信も芽生えました。

 このように、これまでは経済成長とナショナリズムが中国共産党の正統性を支えてきました。
 しかし、爆発的な経済成長は様々な矛盾や不満も生み出しました。
 ナショナリズムについてはすでに述べた通りです。
 問題は山積みで、社会は緊張し、中国共産党の正統性そのものが揺らいでいます。
 特に、貧富の格差と党幹部の腐敗は深刻で、党の危機感は高まっています。

 胡錦濤が最高指導者だった頃、こう言ったことがあります。
 腐敗を撲滅しなければ国家が潰れてしまう。
 だが、腐敗を撲滅しようとすれば共産党が潰れてしまう、と。
 腐敗は党内に蔓延しています。
 反腐敗闘争は、党内権力闘争の色彩が強いが、それ以上に党自身の生存を賭けた闘いでもあると言えます。

 そして、これらの問題の背後には構造的な歪みや矛盾があり、これまでのような上からの指導や統制だけで解決することは難しいでしょう。
 そのことに実は皆うすうす気付いています。
 しかし、誰も自分の身を削るような改革に動く気はないし、指導者も敢えて危険な賭けに出ようとはしない。
 では、中国共産党にとっての最大の賭けとは何か。
 それは政治改革であり、加藤さんが著書(『中国民主化研究』)で書いている民主化の問題です。

 鄧小平以来の改革は基本的に経済改革であり、部分的な行政改革を除き、政治的な改革にはほとんど手をつけてきませんでした。
 その結果、市場経済化は進みましたが、中国共産党が一党支配を揺るがすことはないでしょう。
 中国はそれを「社会主義市場経済」と名付けました。
 社会主義、すなわち
 共産党が「神の見えざる手」として市場に介入する「カモノハシ市場経済」
であるとも言えます。

 このチャイナ・モデルは、世界金融危機において機動力と存在感を世界に見せつけました。
 しかし、このモデルの下では、政治権力を持つ者、あるいは、たとえば国有企業のようにそれとつながる者が圧倒的に有利となり、腐敗を生み出す温床にもなってきました。
 自由民主主義とマッチした米国型市場経済と比べると、中国の社会主義市場経済は政治と経済の制度的ミスマッチから生起する構造的問題がつきまとうモデルであるとも言えます。

 しかし、「紅二代」の習近平さんのボトムラインは、共産党支配を絶対に揺るがせないことだと思います。
 そのためには、社会主義という冠は外せない。
 そこで、社会主義市場経済というチャイナ・モデルは維持しつつ、腐敗分子をどんどん捕まえて共産党を純化することで問題解決につなげようとしています。
 ただ、そうした対処療法はいずれ行き詰まるでしょう。
 構造的な腐敗や権力乱用をなくすためには、構造的な改革は避けられません。
 経済改革に見合った政治改革のマグマは高まるばかりです。

 このマグマとの闘いが、中国の指導者にとって大きなチャレンジになるでしょう。
 その帰趨が中国の将来を左右することは間違いありません。

 次回更新は3月16日(水)を予定。



ダイヤモンドオンライン 2016年3月16日  加藤嘉一,小原雅博
http://diamond.jp/articles/-/87868

共産党の優位性を保ち続けながら、
中国は構造改革に踏み切れるのか 
——東京大学法学部大学院教授・小原雅博×加藤嘉一

■揺らいではならない共産党の優位性

加藤嘉一(以下、加藤):
 習近平さんは、共産党総書記就任以来、西側の制度を拒絶するようなことを言い、「中国の道」を強調してきました。
 また国営企業改革などのアジェンダを見ても、「党の領導の強化」を謳っています。
 彼の実父・習仲勲は革命によって天下を取った、共産党の地盤をつくった世代であることも、習近平さんに
 「まずは共産党の権力と威信が固まっていなければ何もできない」
という政治信条をいっそう深いものにしているのではないでしょうか。
 そう見ていくと、西側の政治制度や価値観に対する拒絶や抵抗にも“納得”がいきます。

 2005年の胡耀邦元総書記生誕90周年の催しでは、政治局常務委員から温家宝(序列3位)、曽慶紅(序列5位)、呉官正(7位)の3人だけが出席し、談話を発表したのは当時国家副主席だった曽慶紅でした。
 それに対して、2015年の100周年では、常務委員7人全員が出席し、習近平国家主席が談話を発表しています。
 私は、この記念イベントを、実父・習仲勲も右腕としてサポートした改革派・胡耀邦に対する“名誉回復”の一過程であると認識しました。
 日頃、中国各地で交流させていただいている共産党の関係者たちのなかには、
 「習近平は胡耀邦の名誉を徐々に回復すべく動くだろう」
という見方をする人も少なくありません。
 政治の改革を重視した胡耀邦の“名誉回復”を重視することが、習近平政権が政治体制改革を正視することにどのようにつながっていくのか。
 私はこの関係性を注視しています。

 一方で、先ほど述べたように、習近平さんは「中国の道」や「中国の夢」を強調します。
 家系的には、彼が政治改革を真正面から批判するような思想の持ち主だとは思いません。
 ただ私自身の執筆をめぐる政治環境から判断して、いま現在「政治改革」という言葉は使えなくなり、タブーですらあります。
 胡錦涛さんの時代は、領導人(リンタオレン)や指導者改革という政治改革の重要性について、たとえば『南方周末』や『人民日報』系で書くことができました。
 しかし、いまは「政治改革」の四文字も使えません。

 習近平さんは、胡錦濤さんのように鄧小平さんによって選ばれた指導者ではないが故に、まずはみずからの政策によって権力基盤を固めなければならなかった。
 そのためには、まず、保守的な“左”に迎合し、ある程度権力基盤が固まってきた時点で経済改革を実行し、その先に、可能であれば政治改革を描いているではないかと私は考えてきました。
 しかし、胡耀邦さんへの“名誉回復”と「中国の夢」や言論抑圧など左右両極端のシグナルが発せられている状況は、ジレンマに映ります。
 実際に、政治改革をどこまで、どういうタイミングで進めようとしているのかという意図は、まだまだ見えてきません。

 現状に目を向けると、反腐敗闘争によって恐怖政治が蔓延しています。
 腐敗を撲滅すべく徹底的に取り締まる一方で、改革のための行動を高圧的に促している。
 現場の役人たちは“二重の恐怖政治”に震え、身動きが取れない状況です。
 これから構造改革を実行していくうえで、その立案力や執行力を発揮すべき経済官僚たちが集団的事なかれ主義に陥っているのは、不安要素だと考えています。
 小原さんはどうお考えですか?

小原雅博(以下、小原):
  私も同じような認識を持っています。
 中国の現状を見ると、経済的に大きな転換期にあり、指導者にとって舵取りが難しい局面にあります。
 これまでの中国の経済成長モデルの根幹にあった、安くて豊富な労働力を使って製品を組み立て、それを輸出するという仕組みは競争力を失いました。
 労賃が上がり、他の途上国の追い上げや世界経済の低迷もあるなかで、投資・輸出依存型の成長パターンが機能しなくなったのです。

 他方、賃金の上昇は消費の増大につながります。
 中国は世界の工場から世界の市場へと変貌を遂げており、中国政府も消費主導型経済成長モデルへの転換を図っています。
 製造業の過剰生産能力を整理しつつ、サービス産業やハイテク産業を伸ばしていかなくてはなりませんが、産業構造の転換は痛みを伴いますし、地方債務や国有企業改革の問題もあり、大変です。

 そんな局面で反腐敗闘争を展開した結果、一般市民の受けはいいようですが、党官僚はいかに自分の身を守るかという安全策に汲々とし、予算は積んであっても手を付けようとしない異常な現象が各地で見られます。
 李克強首相は仕事をしろと檄を飛ばしますが、党幹部の心理は防衛本能に支配され、経済マインドは冷え込んでいます。

加藤:
 まさにジレンマですよね。

小原:
 そうですね。
 ほとんどの党幹部が程度の差はあっても腐敗していると言われますし、
 反腐敗闘争には権力闘争の側面もありますので、反発する人たちは少なくないでしよう。
 反腐敗は習近平さんの大きな武器ですが、返り血を浴びないためにも慎重に進めなければならないはずです。
 しかし、これまでの習さんのやり方は有無を言わさぬ強権的なものです。
 相当な覚悟で権力集中を進め、共産党を立て直し、中国を米国と並ぶ世界の強国に押し上げようとしていると思われます。

 しかし、共産党一党独裁を堅持したまま、すなわち、
 政治改革はやらないで経済の持続的成長や社会の安定をどう確保していくのか。
 習近平さんの答えは、法治に基づく近代国家です。
 中国の現状はまだまだ法治とは程遠い。
 それは中国に住んでみればよくわかります。
 日本のように国民の遵法意識が高く、安定した秩序が確立されている社会をどう作るか、その答えの一つが「法治」ということなのでしょう。
 しかし、この法治にも問題があります。
 それは「the rule of law」ではなく、「the rule by law」だということです。

 習近平さんが目指す「法治」はあくまでも中国共産党の支配の下での法治であり、法が党の上にくるわけではありません。
 法は党による統治の手段でしかありません。
 そうであれば、司法の独立を確保することはできないでしょうし、
 腐敗の根絶も困難になるでしょう。

 法治に見られる通り、中国共産党の絶対優位を揺るがすような改革はまず考えられません
 中国共産党は執政党であり続けるという立場に揺らぎは見られません。
 従って、政治改革を行うとしても、その「範囲の改革でしかない」ということになりますが、逆に言えば、その一点さえ担保されれば、それ以外はすべて許容するという改革になる可能性もあるということです。

 たとえば、「メディアの独立」と言った場合に、共産党支配を揺るがすこと以外は何を書いてもいいとなれば、農地を取り上げて開発業者に売却して、私腹を肥やす悪代官や住民の権利や環境を無視する「ブラック企業」を記者が摘発し、社会的正義が実現されるかもしれません。

 習近平さんが本気で中国を近代的な法治国家にしようと思っているのなら、以上のような政治改革は頭の中で描いているかもしれません。
 建国の父である毛沢東、改革の総設計師である鄧小平と並ぶ偉大な指導者を目指す習近平さんが政治改革を成し遂げるとすれば、
 その任期は2期10年で終わらず、3期に及ぶかもしれませんね。

■中国は西側の仕組みを借りてくるしかない

加藤:
 私もまったく同感です。
 中国は、共産党の絶対的優位さえ揺るがなければ、あとは何でもやるつもりなのかな、
と考えたりもします。

 共産党の絶対的な優位性を守るために“すべきでないこと”は、自由で公正な民主選挙だけなのか。
 私は、習近平さんの頭の中では“すべきでないこと”の領域が広がっていると感じています。
 拙書『中国民主化研究』では、公正な選挙、言論の自由、司法の独立の3つが制度的に保証されることが、民主化を構成するボトムラインであるという定義で議論を進めました。
 中国共産党にとっては、言論の自由も司法の独立も中国共産党の絶対的優位性を脅かすものになりうる、と映っているでしょう。
 たとえば、天安門事件に対する言論の自由は共産党の絶対的優位性を揺るがしかねないため、当局はそれを全力で押さえ込むと思います。

 2011年に呉邦国全人代委員長が言った「五不搞(ウープーカオ)」は重要でしょう。
 多党制はやらない、
 指導思想の多元化はしない、
 私有制はやらない。
 三権分立しない、
 連邦制もやらない、
の5つですね。
 自由民主主義に対する否定を超えて、中国は中央集権国家として歩み続けるという一つの意思表示だったと思います。
 地理的にも政治体制的にも、中国共産党だけが唯一の指導党であり指導思想であると。
 習近平さんがいまやっていることは、それとほとんど差はないという感覚もあり、悲観的な気持ちにもなりますね。

 『中国民主化研究』を執筆する中で、いろいろな人にインタビューしました。
 漠然とした質問ですが、
 「中国はいわゆる西側の民主主義に逃げてくるのか」
と聞きました。
 たとえば、フランシス・フクヤマさんもの主張は一貫していました。
 彼は中国の「政治秩序の起源」に対して理解を示そうともしていますが、
 最終的に中国の体制が西側の制度に寄り添ってくる、
 そうしなければ中国はもたないだろう、と。
 中国国内でも「中国は民主化するしかない」という人もいれば、「習近平の頭にはそれはない」という人もいます。
 米国でも中国でも意見は分かれているのが現状だと整理しました。

 歴史的な転換期を迎えつつあるように見える中国ですが、「中国は民主化に向かうのか」という問題について、小原さんはどう思われますか?

小原:
 いま、巨大な中国は激動の嵐の真っ只中にいます。
 文化大革命が終わって、改革・開放が始まったばかりの中国を私が初めて訪れた時から30年以上が経ちますが、この間の変化は人類史上においても稀有なほどの劇的な変化です。

 そんな社会を統治する中国共産党にとって
 「安定はすべてを圧倒する(穏定压倒一切)」が最重要課題
です。
 そして、
 その最大の脅威になってきているのが、社会の正義や公正の問題です。
 経済成長で物質的に豊かになった面はありますが、同時に拝金主義や利己主義が蔓延り、道徳は廃れ、機会の平等も失われ、貧富の格差は広がるばかりです。
 役人の腐敗は止まるところを知りません。
 そんな社会への怒りや絶望が渦巻き、緊張感が高まっています。
 それはキリスト教や儒教が広がる原因でもあり、最早放置できない状況です。

 では、どうすればいいか。
 鄧小平の経済改革は、西側の市場経済を借りてくることで大衆の物質的豊かさを実現してきました。
 その成功で中国共産党は生き延びてきました。
 物質的豊かさの後には、自由や民主といった精神的豊かさへの欲求が高まります。
 それに応えようとすれば、今度はどうしても政治改革が必要となります。

 問題はその中身です。
 中身をどうするのか、いまのところ習近平さんの言葉からは何も見えてきません。
 ただ、中国共産党がしぶとく生き延びていくためには、何らかの政治改革が早晩必要になるでしょうね。

 小原氏、加藤氏による対談最終回の更新は、3月17日(木)を予定。