2016年3月3日木曜日

複雑怪奇、なぜ古典娯楽小説を批判する?:中国軍機関紙が「三国志・劉備」を批判?、習近平へのゴマゴマスリか

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例えば、日本で平家物語や太平記の中身の人物を批判したところで誰も「バカバカしい」と思うだけである。
小説は小説である。
「三国志」はあくまで娯楽小説である。
「史記」や「漢書」あるいは「資治通鑑」ならわかる。
でも、三国志や水滸伝を批判してもはじまるまいに。


サーチナニュース 2016-03-03 16:37
http://news.searchina.net/id/1603970?page=1

中国軍機関紙が「三国志・劉備」を批判 
党・軍内の派閥・分派問題の深刻さ反映か



中国人民解放軍機関紙の解放軍報は3日付で、「小サークル主義の害は果てしない」と題する論説を掲載した。
三国志演義の劉備、関羽、張飛の3人を
 「小サークル主義を貫いたので、呉や魏と比べて最も失敗した政治集団になった」
と批判した。

論説は、劉備、関羽、張飛が生死をともにする義兄弟になると宣言した「桃園の誓い」を、「しばしば人を感動させるシーン」とした上で、劉備の政治勢力内において、長期に渡って頑なに継続した「小サークル」が形成されることになったと主張。

結果として、張飛に失敗や粗暴なふるまいがあっても責任を追及せず、曹操に恩義を感じていた関羽が、赤壁の戦いで敗走する曹操に遭遇しても、敢えて見逃すという、曹操打倒という最終目的に背く「原理原則上の過ち」をおかしても不問としたなど、劉備グループはさまざまな失敗を繰り返すことになったと指摘。

さらに「小サークル」の問題点として、排他性が強いため、外部の人間に対する信任に限界が出ると指摘。
劉備に対して「無限の忠義心」を示した趙雲は例外的に信頼されたが、張飛が嫉妬するなども問題も出た。
さらに、極めて尊重された諸葛亮(孔明)も「小サークル」の人物ではなかったため、意見を取り入れずに失敗したと論じた。

論説は、蜀漢には中核に劉備、関羽、張飛の「小グループ」が存在し、その外に趙雲や諸葛亮、さらにその外に黄忠、馬超と、同心円状の「グループ階層」が存在し、さらにその外は「サークル外」の人物とみなされたと主張。
後になり魏延のような大きな問題を持つ人物が出てくるのも、「小サークル」主義がもたらした弊害と論じた。

論説は最後の部分で、「桃園の誓い」からは教訓を汲み取らねばならないと主張。
中国共産党の習近平総書記(国家主席)は何度も、
「党内には封建的な頼り合いがあってはならない。
小サークルを作ってはならない」
と強調していると指摘し、
「小サークルは現在も一部の職場や部門に、程度は違えども存在する」
と警告した。

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◆解説◆
習近平主席は政権の座を得てから現在まで「分派活動の禁止」にしばしば言及している。
習主席が強力な指導力を得ることを渇望していることは間違いないが、抵抗勢力も相当に大きい可能性がある。

中国では「歴史的な文芸作品」に対する批判や評論が、大きな政治的動きの予兆である場合がある。



サーチナニュース 2016-04-14 22:15
http://news.searchina.net/id/1607439?page=1

文化的侵略? 
日本のアニメ・ゲームによって、中国の若者の「三国志」観が崩壊

 古代中国で魏・呉・蜀が覇権を争った三国時代の話は、おもに「三国志」として日本でも広く認知されている。
  日本でも、原典に忠実な小説から始まり、アニメ・ゲーム文化との邂逅により、数え切れないほどの派生作品を生み出してきた。
 これらの作品は中国にも「逆輸入」されているが、そのために
 中国の若者における「三国志」に対する認識の崩壊が生じている
という。

 中国メディア・騰訊網は11日、
 「文化的侵略? 
 日本のアニメ・ゲームが若者の『三国』に対する認知を破壊した」
と題した記事を掲載した。
 記事は、日本のアニメ・ゲーム業界において三国時代のストーリを題材にしたものが続々と出現、
 「史実に基づかない多くのシーンが、中国の若者の頭に浮かぶようになった」
と説明。
 「われわれはすでに、日本のアニメ・ゲーム文化によって洗脳された世代の人間なのだ」
と論じた。

 そのうえで、「一騎当千」、「龍狼伝」、「SDガンダム三国伝」、「恋姫†無双シリーズ」など、「三国志」から派生した作品の一例として紹介している。
 そして
 「中国の古典名著が異邦人によって書き改められている。
 5000年の歴史文化を持つ大国のメンツはどこにあるのか」
とした。

 以前、「三国志」と並ぶ中国古典の名著である「西遊記」が中国より先に日本でテレビドラマ化され、三蔵法師を女性が演じたことを知った中国のネットユーザーから衝撃の声が出たことを紹介したことがある。
 三蔵の「女性化」にしろ、「三国志」の非常に大胆な派生にしろ、中国では「国宝」的な作品ゆえ、実現は難しかったのではないだろうか。

 もし、これらの作品によって中国の若者の「三国志」観が崩壊することを危惧するのであれば、原著に忠実で、かつ彼らの興味を引くような文化コンテンツを自前で作り上げるべきだろう。
 単に「小説を読め」と言っても、なかなか振り向いてはくれない。



産経新聞 5月1日(日)18時0分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160501-00000530-san-cn

日本のアニメに怯える習近平政権 
「進撃の巨人」の“排除”を指示

 今から1800年ほど前の中国大陸で魏、呉、蜀が覇権を争った三国時代。
  日本でも劉備、曹操、孫権らが登場するこの時代は「三国志」として親しまれている。
 しかし、中国では三国時代などを題材にした日本のアニメやゲームが伝統的価値観を崩壊させてしまうとの指摘が出ている。
 日本のアニメやゲームの文化が中国人青年を“洗脳”し、自国の歴史への「正しい認識」をゆがめてしまうというのが彼らの主張だ。
 支配秩序を乱す恐れがあるという観点から中国共産党に狙い撃ちされる日本のアニメも出始めた。

 ■「5000年の歴史を持つ大国のメンツは!」と憤慨

 中国メディアの騰訊網は4月11日、
 「文化侵略?日本のアニメ・ゲームが『三国』に対する認知を破壊した」
と題した記事を掲載した。
 記事は日本のアニメやゲーム業界で三国時代を題材にした作品が次々と出ていると指摘。
 「史実に基づかない多くのシーンが、中国の若者の頭に浮かぶようになった」と現状を説明したうえで、
 「われわれはすでに、日本のアニメ・ゲーム文化によって洗脳された世代の人間なのだ」
と嘆いた。

 記事は三国時代をテーマにしたアニメやゲームとして「一騎当千」「龍狼伝」「SDガンダム三国伝」「恋姫†無双シリーズ」など取り上げ、「中国の古典名著が異邦人によって書き改められている。
 5000年の歴史文化を持つ大国のメンツはどこにあるのか」と憤慨してみせた。

 ■中国社会にすっかり浸透した日本のアニメ

 中国の古代をテーマにした日本のアニメやゲームは多く、
 秦の始皇帝の死による大乱から漢王朝樹立への道を描いた「項羽と劉邦」、
 宋の時代を舞台に宋江(そうこう)ら108人の豪傑が活躍する「水滸伝」、
 戦国時代にやがて秦の始皇帝となる秦王・●(=亡の下に口、下に月女迅のつくりを横に並べる)政(えいせい)と、大将軍を目指す少年・信(しん)の活躍を描く「キングダム」
など枚挙にいとまがない。

 中国ではテレビの普及とともに1980年代以降、日本からさまざまなアニメ番組が輸入された。
 「一休さん」、「ドラえもん」、「ドラゴンボール」、「聖闘士聖矢」
など日本国内でもおなじみの作品を中国の子供たちは観て育ち、その作品は今はすっかり大人となった中国人の脳裏に刻み込まれている。
 2000年以降はインターネットで作品の配信も行われるようになり、日本のアニメやゲームは中国社会に大きな影響を与えている。

 ■危機感募らす習近平政権が日本アニメを“攻撃”

 騰訊網が記事の中であらわにした危機感は、中国社会の中に日本のアニメやゲームの文化がすっかり根付いてしまったことを逆に裏付けるものだが、こうしたなか習近平政権は日本のアニメやゲームなどを狙い撃ちし始めている。

 昨年6月に上海で開かれ国際映画祭に合わせて日本の作品が紹介されたが、日本国内でも人気が高い「進撃の巨人」は上映できなかった。
 この時は、その理由が明らかにされなかったが、中国文化省は映画祭に先立って、「進撃の巨人」や「寄生獣」など38作品のリストを公表。
 インターネットでの配信を禁止する措置を取っており、この影響を受けたとみられている。

 38作品をリスト化した表向きの理由は「未成年者の犯罪や暴力、ポルノ、テロ活動をあおる内容が含まれる」というものだが、中国政府や共産党の見解を額面通りに受け取るような人はよほどのお人好しだろう。

 ■「ドラえもん」にまでかみつく

 人間を捕食する「巨人」が支配する世界で、築いた壁の内側で戦きながら暮らす人類がやがて「巨人」との戦いを決意する「進撃の巨人」は、中国共産党の支配力が着実に浸透している香港に重ね合わせることもできる。
 巨人=中国共産党であり、人類=香港の人々という具合に。「
 進撃の巨人」は世界中でファンを獲得したが、香港でも大きな反響を呼んだ。

 昨年春には北京テレビが
★.「名探偵コナン」を取り上げ、「アニメ作品の旗を掲げた、あからさまな犯罪の教科書だ」と批判。
 また、2014年9月には成都市共産党委員会機関紙の成都日報が「ドラえもん」にかみついた。成都日報は
★.「ドラえもん」が2020年東京五輪招致の際に招致スペシャルアンバサダー(特別大使)に就任したことなどに触れ、
 「ドラえもんは国家としての価値観を輸出し、日本の文化戦略で重要な役割を果たす」
と主張。
 むやみに親しみを持たないように呼びかけた。

 これだけ中国政府や共産党が日本のアニメやゲームの文化に対して警戒感と敵愾心を示すのは「たかがアニメやゲーム」と侮れない発信力があると認識している明らかな証拠だろう。



ニューズウイーク 2016年3月4日(金)16時00分 遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/03/post-4632.php

「神曲」ラップと「ギャップ萌え」で党宣伝をする中国
――若者に迎合し


★:ベートーベンの「第九」にのせて党の教えを歌う市民 Xinhua/nytimes.com

若者の活字やテレビ離れが目立ち、中共の宣伝には耳も貸さない。
そこでラップや「ギャップ萌え」などで若者に党の偉大さを刷り込もうと中共は必死だ。
中共「神曲」という新事象を通して、苦心する中共の内心を読む。

■中共「神曲」、
 ラップとベートーベンで「四つの全面」を宣伝

中国大陸のネット空間だと動画に関するアクセスが不安定な時があるので、まずはニューヨーク・タイムズ中文版で「中共"神曲"ラップとベートーベンにより"四つの全面"を礼賛」を見てみよう。

クリックして頂くと最初にラップが出てくる。



言っている内容は「四つの全面を知っているかい?」ということだ。

「四つの全面」とは、
 「小康(ややゆとりのある)社会の全面的建設」
 「改革の全面的深化」
 「全面的な法による国家統治」
 「全面的な厳しい党内統治」
のことで、2015年2月に正式に発表された。
中共はこの四つを「鳥の両翼、車の両輪」として位置付けている。
空々しいスローガンが多すぎて、党幹部にオベンチャラを言って出世しようと思っている人くらいしか関心を示さないため、「ラップ」と「ベートーベン」という、若者の耳目を引く方法を考え付いたわけだ。

用語と手法を、少し丁寧に解読してみよう。

●まず、「神曲」

「神曲」は筆者などの年齢だと、ダンテの代表的作品である、あの『神曲(しんきょく)』のことだと思ってしまうが、ここではどうやら「しんきょく」ではなく、日本語で「かみきょく」と読ませる言葉に相当しているらしい。
日本語における「神曲(かみきょく)」は、優れた楽曲について称賛の意味で使われている。

それがなぜ「中共"神曲"」などと、「中国共産党」と関連した言葉として現れているのか。

中国の若者に聞いてみると、中国では最初のころは「神曲」とは「人の魂を洗脳してしまうほどの効果がある歌曲」という感じで、爆発的に流行し感動を与えた曲を指していたが、そのうちネットスラングとして使われるようになり、爆発的に流行するだけでなく、「奇妙奇天烈(きてれつ)な要素が強い曲」を指すようになったという。
また「神のごとき力でも持っていない限り、とてもうまくは歌えない」という意味から、「党は神のごとき存在なり」「だから洗脳できる」というニュアンスにも
転用され、
「いかに中国共産党が偉大で、神のごとき存在か。
なぜなら、どんな嘘っぱちを言っても、人民を洗脳できるんだから」
という揶揄(やゆ)も込めるようになったとのこと。

●なぜ、ベートーベンか?
 ――「ギャップ萌え」

1980年以降に生まれた中国の若者(80后、バーリン・ホウ)は、日本のアニメと漫画を見て育ってきた(拙著『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』に詳述)。
コスプレもそうだったが、日本の「萌え」文化にも染まり、「萌える」のが好きだ。

その中には、最近日本で流行っているらしい「ギャップ萌え」というのもあるらしい。

【参考記事】中国の党と政府のメディアがSMAP解散騒動を報道する理由

中国の若者に、「なんでラップとベートーベンなの?」と聞いたところ、「あ、それはですね、ギャップ萌えですよ」と解説してくれた。

習いたての「ギャップ萌え」などを説明するのも何だが、
 ふだん抱いていたイメージとまったく異なる側面を見たときに、その「ギャップ」にハッとして魅力を感じること
を言うらしい。

そこで中共の宣伝部としては、現在の最先端の若者の心をつかもうと、「ラップ」に、突然、ラップとは似つかわしくないクラシック音楽のベートーベンを持ってきて、その意外な組み合わせに「ギャップ萌え」を感じてもらおうと苦心したようだ。

それが、この「中共"神曲"ラップとベートーベンにより"四つの全面"を礼賛」なのである。

■中国の官製メディアがこぞって礼賛

中宣部のテレビ局である中央テレビ局CCTVのネット版CNTVは、中国政府の通信社である「新華社」が、この「神曲」ラップを推薦しているとして、今年2月3日に
「これは流行るぞ! 
新華社がラップ"新曲"<四つの全面>を推薦してるよ」
という特別番組「新聞開講」を組んだ。

中国の若者に感想を聞いてみたところ、
「自作自演だから、流行るはずがないよ」
「子供だましだ」
「神は死んだ」
などという回答が戻ってきた。

一方では、
「新神曲は魔性の洗脳??
<四つの全面>を聞いてると、止まらないよ」などというものもある(このウェブサイトは不安定なので、もしアクセスできなかった場合は、お許しいただきたい。)。
これは「本当に洗脳されてしまいそう」
と、皮肉っているのかもしれない。

■若者文化にすがる中宣部

また、「深改組(中央全面深化改革領導小組)」(組長:習近平)に関して
「中央深改組が成立してから満2年になるよ 中央テレビ局がラップでその成果を放映」
という情報を、アリババが買収した南早(南華早報)のウェブサイトが報道している(このウェブサイトは開くまでに時間がかかる)。

動画ではないが、ほかにも「虎退治(反腐敗運動)をする習近平」をアニメで描いたものなどもある。
まさに、このような「子供だまし」のものなど、若者でさえ見そうにないが、それでも、なんとしても若者に受けようという意図がありありだ。

ここまでして若者受けしようというのは、逆に言えば、いかに若者が中国共産党など信じてはいないことの裏返しである。

10年ほど前、日本のアニメとマンガで「精神文化」を形成されると困ると焦った中国政府は、あわてて国産アニメ基地などを作って若者の精神を中共に向けさせようとしたが、そんなことで騙されはしない。

ITの先進化によって通信のグローバル化が進めば進むほど、中宣部によるイデオロギーのコントロールは難しくなる。
ITは進歩することはあっても、後退することはないだろう。

となれば中国のイデオロギー闘争は、ITとの戦いでもあるということができる。
勝利が見込めるとは思いにくい。

これまで本コラムで書いてきた中国の厳しい言論統制は、この事象の裏返しなのである。それをご理解いただきたいために書いた。



ウォールストリートジャーナル 2016 年 3 月 3 日 18:10 JST By CHUN HAN WONG
http://jp.wsj.com/articles/SB12477199894747223486304581576282187830922?mod=JWSJ_EditorsPicks

習主席、毛沢東の教えを復活
―「ピアノを弾くことを学べ」とは?

毛沢東はかつて、中国共産党幹部に「ピアノが弾けるようになれ」と言ったことがある。
ただし、これは文字通りの意味ではない。革命期の中国では物資が不足していて、ピアノを弾くこと自体が不可能に近かったからだ。
それはむしろ、マルチタスキング、つまり多面的な任務遂行を奨励する比喩的な表現だった。

共産党による中国支配が始まる直前、つまり70年近く前に発せられた毛沢東の教訓的助言は長い間、埃(ほこり)をかぶっていた。
しかし、毛の最も有力な後継者の一人が、最近、その教えの復活には意義があると判断した。

先週、共産党は習近平総書記(国家主席)の命を受け、8800万人の党員に毛沢東が1949年に出した仕事の仕方に関する論文を研究するよう命じた。
合議的なリーダーシップや幹部間の団結を促す一連の指針だ。

国営メディアによると、その目的は、より良い党員、規律正しい党員を育てることにある。
アナリストらは、これが、習氏お気に入りの反腐敗運動によって不安定になっている党内で、イデオロギー的正統性を付与しようとする習氏の新たな動きだと指摘する。

毛沢東はこの論文「党委会的工作方法(党委員会の仕事の仕方)」(1949年3月)の中で、「自分と違う同志との団結・協力に気を配ろう」と述べていた。
そこには、
「統計的に深く分析する」、
「会議が長時間にならないようにする」、
「傲慢(ごうまん)にならないようにする」
など、12カ条の指針があった。

共産党傘下のメディアは、毛沢東に敬意を表す習主席を歓迎し、毛の論文が
「重要な文献で、真実の素晴らしさによって常に光り輝いている」
とし、時間的経過による制約を受けないと指摘した。

例えば党機関紙・人民日報は論説で、
「公表されて67年ほどが経過するが、この素晴らしい論文の根幹にある概念は時とともに重要度を増しており、今日に至っても、実践的な指針として偉大な重要性を維持している」
と述べた。

人民日報のこの論説は、習氏のもっと幅広い意図も示唆していた。
同論説は、毛沢東の論文から学んだ党員は「党指導部の権威と党の団結を守る」べきだと述べているからだ。
折りしも、習氏は党内の異論を取り締まる一方、公の批判も封じようとしている。

ここ数カ月間に、党は国家的政策の「勝手な論評」を禁止する新たなルールを行使して、関係者を処罰し始めた。
党の中央規律検査委員会(CCDI)は既に党の組織で最強の機関の一つになっており、政府の上層部にも深く踏み込む権限を与えられている。
それは、皇帝の代理として不埒(ふらち)な官吏を追及する古代中国の監査官(監察御史)にも擬せられているほどだ。

アナリストらは、習氏が共産党のコンセンサス(総意)的な統治スタイルを徐々に変化させているとみている。
その結果、習氏は少なくとも鄧小平以来最強のリーダーだと言われることがある。
また、毛沢東以来最強だと言う者もいる。

毛沢東の論文を引用する習氏の言動が、習氏と毛の比較を一層助長している側面もある。

習氏は権力の座に就いた2013年に、1年間に及ぶ「大衆路線運動」に着手して、党の結束強化と浄化に努めた。
これはライバルを排除し、イデオロギー的な規律を押しつけた毛沢東の「整風運動」と重なる。
習氏はまた、党幹部を対象に毛時代の「批判と自己批判」の慣行を復活させた。

毛沢東が1976年に死去して以降、習氏ほど毛の言葉を引用する中国の指導者はほとんどいない。
それは、毛の晩年の支配(文化大革命)がもたらした混乱をめぐり、イデオロギー的な論争が今なおくすぶっているからだ。
2012年に失脚するまで党の実力者だった薄熙来氏は、大衆に革命歌を歌わせることで毛時代の精神を復活させるキャンペーン(唱紅)を指揮していた。

毛沢東は前出の1949年の論文の中で、
「ピアノを弾くときは、10本全ての指を動かす。
一部の指を動かして、他を動かさないというのではダメだ」
と述べ、指導部における多面的な任務遂行の重要性を比喩的に表現していた。
「良い音楽を奏でるためには、10本の指がリズミカルにかつ連携して動くべきだ」
というのだ。




【2016 異態の国家:明日への展望】


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